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これまでで1番の後悔

みなさん、こんにちわ。
書く習慣1ヶ月チャレンジに20日目になります。
今回は、これまでで1番の後悔について書きたいと思います。

わたしがこれまでで1番後悔しているのは、父親に対して素っ気ない態度をとった状態のまま父親が亡くなってしまった事です。
わたしの父は、18年前の60歳で亡くなりました。

私の父は、兄が起業した工務店で働く雇われの大工職人でした。
兄弟とは言え雇われの身であった為、給料が安く、いつもお金の事で母と喧嘩をしていました。
父親は、口喧嘩が得意ではなく、母に手を挙げる事もよくありました。
また父は、交通事故や脳梗塞を患い、55歳頃に実質無職となり、亡くなるまでパチンコ、たばこ、酒、テレビの生活をしており、母への暴力は日に日にひどくなる状況でした。
また、パチンコへ行くお金欲しさに、私の就職祝いのお金に手を出したり、私の原付バイクを無断で売ったりと、その当時は父への怒り、不満でいっぱいで、夕食は一緒に食べず、母も私も姉も口も利かずにほぼ無視をして、家庭内別居のような状況でした。

父が無職状態となって2,3年後に、私は福岡へ転勤する事になりましたが、
正月に帰省した際に、母と姉から、「父が部屋のドアを閉めた状態で練炭をたいて餅を焼いていた。」という話を聞き、私は「自殺しようとしているんじゃないか?」と言いました。その時母と姉は「お父さんにそんな勇気ないわ。」と言っていましたが、その数か月後に私の父は、一酸化炭素中毒で自ら命を絶ちました。

父親が亡くなった日、私は仕事をした後、先輩や同僚と焼肉を食べに行っていました。たばこを買いにコンビニへ行った際に、携帯を確認した所、母から「お父さん死にました。」というメールが届いていました。

翌日、実家に帰り、通夜、葬式が行われました。
喪主だった私は、父が亡くなった事に対してあまり実感が沸いていなかったのか、またはそんな余裕もなかったからなのか、涙する事もなく、通夜、葬式を過ごしました。
その後、火葬場へ移動し、棺桶を火葬炉へ入れ点火スイッチを押す瞬間、一気に涙が溢れ出ました。
家に帰り、遺品整理等をしている時に、母と姉から、父親が亡くなる翌日に、父に黙って引越しをする予定だったと聞かされました。
父は勘付いていたいたのかも知れません。

父が亡くなり、18年が経ちます。
母親に暴力を振るう父は嫌いでしたが、小学生の頃はキャッチボールをしてくれたり、釣りに連れて行ってくれたり、色々と遊んでくれました。
また父は、私のいとこからも人気があり、子供が好きだったような気がします。
大学生の頃からまともに口をきいていなかったので、ひとりの大人として男同士の会話ができないまま、一緒にお酒も飲む事もなく、父は亡くなってしまいました。
父がこれまでどのように生きてきたか、父が家族や仕事に対してどのように考えていたか。亡くなってしまった今は聞く事ができません。

いくら後悔しても、父が戻ってくる事はありません。


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