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想像

「さとし、明日の準備はいいのかよ?」
歯磨きをし、寝る準備を整えていた私は、ともやにそう急かされた。今はもう夜中の12時を迎え、月曜日になっていた。
「明日は図画工作科の研究授業をするんだろ?」
「ある程度授業準備したし、後は明日の俺に任せようかなって」
そういいながら私は布団に潜り込む。冬の寒さが私を自然と布団へ導いた。
「おい、本当に大丈夫なのか?資料だってまだ印刷してないじゃないか」
そこまでの会話で意識がなくなり、私は眠りについた。

「先生~、紙をどう切ったらそんな風に組み合わさるの?」
「さとしはまだできないのかよ」
「だって全然分からないんだよ」
「俺らは数学科なんだから図形を3次元的に捉えて考えてみればいける」
「うぅ…、もう少し頑張ってみるよ」
「さて俺は次の課題に取り組んでみよ」
「おいていかないでよ」

「…し、…とし、さとし!起きろもう7時になるぞ」
「もう7時なのか!家を出る準備しないと」
「何の夢見てたんだよ、変な寝言まで言ってたぞ。研究授業の準備で相当疲れたみたいだな。早く顔洗ってご飯食べな。今日は俺が朝飯作っておいたから」
「助かるよ」
「せっかくの図画工作科の授業なんだから、お前も楽しんでやれよ」
その言葉で少し、研究授業への緊張がほぐれた気がした。
 しかし、研究授業のための最終調整で土日が終わってしまった。研究授業は児童の授業理解を深めるためには必要だが、教師のプライベートはないというのか…。そんな事を考えながら満員電車に乗り、勤務している小学校へと向かうのであった。

「おはようございます。さとし先生、研究授業頑張っていきましょう」
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
そんな会話をして、研究授業が行われる教室へと足早に向かい、心を整えようとしていた。
「図画工作科の授業研究をするみたいですけど、準備はどうでしたか?」
「図画工作科は苦手なもので、どのように授業を展開しようか相当迷いましたね。私が小学生の頃も図画工作科が苦手であまりいい思い出がなかったので…」
「けどそれはそれでいいのでは?」
「どういう事ですか?」
「教師全員が図画工作科が好きなんて事はないだろうし、それは数学でも国語でもどの教科でも言える事だと思いますよ」
「たしかに、そういわれてみればそうですね」
「だから、私はそのような経験をしたさとし先生だからこその図画工作科の授業を見てみたいです。できない事があった経験のある先生は児童の気持ちを考える事もできますからね。」
「そう言ってくれると幸いです。」
この会話を通して、私は大学時代に受けていた「図画工作科研究」の授業を思い出した。

 図画工作科研究で
「先生…、全然上手くできなくて悔しいです…」
「その「できなくて悔しい」っていう感覚は忘れるな」
 この言葉は耳に胼胝ができる程聞いた。どうしても上手くできなくて、なんとかして上手くなろうと頑張ったが、やっぱり上手くできない…。私と同じような思いをする児童がいる事は忘れてはいけないと今なら理解できる気がした。小学校は様々な特性を持つ児童が集まった集団であり、その児童それぞれに良さがある。良さがある事を認めながらも、できない事がある児童に対してどのようにして指導をしていくかを大学時代にいろいろな教科で沢山考えた。図画工作科は他の授業とは異なる位置づけをしていると思い、主教科と違う意識で授業づくりを考えていたが、それは違っていた。どの授業でも苦手な児童に対しての接し方は似ていて、図画工作科でも変わらない。
「できない児童がいる時には、できない所を見るんじゃなくて児童が頑張った所はどこかを聞いてそこを褒めろ。できた所がどこかなんて分からない事が多い。だから直接児童に聞いて、そこを中心に褒めろ」
この言葉が図画工作科の授業を行う上で重要なのだと今なら感じる。
苦手な事を見るんじゃなくて、得意な事、頑張った事に目を向けようと考えるきっかけになった。

「先生、先生!大丈夫ですか?ぼーっとしてましたよ?」
「あ、いや、すみません。つい大学時代の事を思い出していました。」
「大学時代ですか?それはまた何故いきなり?」
「あなたと同じようなことを言う先生がいたんですよ。」
「私、何か言いましたか?」
「いえ、気にしないでください。もう少しで研究授業が始まりますね」

そんな事を言っていると授業のチャイムが鳴り、私は教壇に立った。
「今日は新聞紙を使って、立体図形を作ってもらおうと思います。」
そんな事をいいながら大学時代にやっていた題材で授業をしたのであった。

「今日はここまでです。みんな作ってみてどうだった?」
「最初は簡単かなって思ってたけど、意外と難しかったね」「正八面体あたりから段々難しくなったけど、みんなと協力してやると楽しくできた」
「難しいけど、グループで作るからお互いに助け合いながらできるもんね、次回はまた新聞紙を使った活動するから楽しみにしていてね」

一日の授業が終わり、授業の振り返りを行う事に…
「今回は何故このような題材にしたのですか?さとし先生」
「この題材は大学生の頃に受けていた図画工作科研究という講義がきっかけで選びました」
「その理由は何ですか?」
「この題材は苦手な児童も楽しく取り組む事ができる題材になっているからです。新聞紙を丸める児童と丸めた新聞紙を基に組み立てる児童がいるのですが、新聞紙を丸めて同じ長さの棒を作るのって難しいんですよ。現に私がその苦手な児童の例でした。しかし、丸める作業が苦手だった場合に組み立てる作業を手伝う事ができるので、結果的に児童全員が作業に取り組むような授業になっています。」
「なるほど」
「図画工作科はどの児童も楽しく取り組んで、それぞれの個性を認めながら行われるべきであると考えています。そのためには苦手な児童が置いて行かれないように授業を工夫する必要があると思い、今回はこの題材を選びました。」
「図画工作科研究の講義で、あなたはそれを学んで教師になったのですね」
「その講義のおかげで図画工作科に対して少し見方が変わりましたね」
「それはいいですね。この授業をさらに良いものにするにはどうしたら良いか協議していきましょう」
そんな事をいいながら研究授業の振り返りは話が進んでいった。

「ただいま~ともや」
「今日の研究授業どうだったんだよ?」
「上手くいったよ、児童も楽しくやってたし、先生たちも良い題材選びだと言ってくれたよ」
「まあ準備も相当頑張ってたし、いいんじゃないか?」
「なんか軽い言いぐさだな、こっちは結構疲れたんだよ、まあいいや、今日は研究授業お疲れ様ってことで飲みにでも行こう」
「お、いいね」
「研究授業の準備期間は色々サポートしてもらったし、俺がおごるよ」
「やったね、サポートした分のもとを取れるように飲まないとな~」
「飲みすぎて倒れるなよ」
そんな会話をしながら近くの居酒屋に飲みに行き、帰って寝たのであった。

「おい、さとし起きろ、もう7時半時だぞ」
「…!!なんでもっと早く起こさなかったんだよ、しかも今日の授業準備は何もしてないや…」
体が重い、慣れない図画工作科の授業で疲れが出たみたいだ。

こんな教師になる未来が私には見えた気がした。

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