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【過労死防止】誰が対策するの?


「過労自殺の実存主義的分析と対応策に関する試論 ー哲学・倫理学からのアプローチー」(北海道大学 増渕隆史 2018)を読んで考えたこと。

 この論文の中で増渕は、「わが国はこれまで、主に法制度の強化や企業統治の徹底という制度面からの対応によって、過労自殺問題を解決しようとしてきたように思われる。」と指摘しつつ、「しかし私の疑問は、これらの労働関係法規の整備や企業統治の強化といった対策が、過労自殺防止にとって唯一の抜本的な対策であるのかということである。」と問題提起した。

 増渕は、「過労自殺の根本的な原因に関する私の考えは、その原因は法制度や企業の労務管理のガバナンスといった制度にあるのではなく、企業や組織で働く人々の生き方もしくは存在の在り方にあるというものである。」として、20世紀のドイツの哲学者マルティン・ハイデガーの「実存主義哲学」に依拠した論を展開した。
 増渕は、実存主義をざっくり…、本当にざっくりとシンプルに説明すると、「生き方もしくは存在の在り方」と捉えている。
 この論文で増渕は、過労自殺を減らすために倫理の観点から必要なことを2つ挙げている。
 1つは「ビジネスパーソンの倫理」。もう一つは「効果的な教育の在り方」である。
 「ビジネスパーソンの倫理」とは、「『本来的に』生きることを可能にする倫理の内容を明らかにすること」と述べている。
 ハイデガーの主著「存在と時間」で、存在者の在り方として二つ挙げている。一つは、自分の決定以外の外部の何かによって規定される存在様式を「非本来的」、もう一つ、自分が未来においてどのような人間として存在しうる可能性を持っているかを考慮し、その可能性が実現するよう配慮する「本来的」である。
 増渕の理論は、この二つの「本来的」と「非本来的」の在り方をする人々の対立が職場であるために、過労自殺が根絶できないのではないかと言うのだ。
 例として、新入社員が投げ入れられた世界で、関係者が良いと考えているような仕事の仕方を受け入れて、その受け入れた通りの仕方で仕事のできる社員になることを目指して当面は生きていくことになる様子を「非本来的」とし、自分の仕事の内容ややり方に慣れたとき、今までのやり方に疑問を抱いたり、自分なりのもっと良い方法があると考えるようになること、その人が因習や慣例から離れ、自らの選択で新しい仕事の仕方を実践することが「本来的」であり、「そこでは対立や摩擦が生じるかも知れない。」としている。この対立や摩擦が、増渕のいうところの過労死が根絶できない理由なのだ。
 そして、「過労自殺を未然に防ぐためには、通常多くのビジネスパーソンが何の問題も感じずに受け入れている労働慣行が、実際はこのように常に死の可能性と密接に関係していることを認識し、そこから自らの慣れ親しんだ労働の在り方を求めるおのれの両親の声を聴き、自らが責任の主体となってあるべき労働形態の実現に覚悟を持って臨むという倫理的態度の確立が必要」だと述べている。
 過労自殺の根絶のために必要なことのもう一つ「効果的な教育の在り方」については、理想のビジネスパーソン像を「職場の慣行や伝統的規範に追従することなく、自己の内発的な理想や、目標の実現を目標とするような生き方をする人」と定義した。
 この論文で述べられている、過労自殺を防ぐために必要とされるビジネスパーソンの倫理性は、長時間労働が発生していた職場で精神疾患の発症まで追い詰められていたような社員がいた場合、何らかの対応ができることとされている。
 このような理想のビジネスパーソンを育成するためのビジネス倫理教育として、アリストテレスの倫理学を挙げ、「習慣(正しいことを行うことによってわれわれは正しい人になる)」「道徳面で洗練された共同体の中で適切に育てられること」すなわち具体的な例として、「倫理的資質に優れた者の抜擢や重用」「倫理学に基づいたロールモデル型倫理教育の実践」が重要だと述べている。
 この論文の結論として増渕は、「人間の死が関係する倫理問題がこれほど長きにわたり生じ続けているという事実を、われわれは極めて深刻な事態ととらえる必要がある。」と指摘し、「この哲学・倫理学的な側面からの取り組みなくしては、いかなる制度的な『働き方改革』の試みも成功しないだろう」と警鐘を鳴らしている。

 私も過労死をなくすためには、国の努力と企業の努力だけではなく、個人の意識改革が絶対に必要だと感じており、増渕の理論には共感できる。
 国は毎年11月を過労死防止月間とし、啓発活動に取り組んでいる。しかし、一般人の認知度はかなり低いであろう。(過労死防止月間に関する認知度アンケートが無いので断定はできないが…)
 国や企業にだけ過労死対策を任せるのではなく、労働者一人一人の教育が大事になってくる。
 過労死防止学会の岩城弁護士は、「日本では学校で『働く』ということを教えない。会社の就業規則と労働基準法が違うこともわからないので、『辞める』ことに関して重く捉えてしまう。」と言っていた。
 募集要項や内定通知書の労働条件と実際の働き方が違った場合、諦めるしかできない人が一定数いると言う。
 過労死防止対策をだれがするべきかという問いに対して、国や企業だけでなく、労働者自身も働き方について理解し、考え、選択できるようになることが必要であり、自らが過労死防止の対策をするべきだと私は考える。


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