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これって当たり前かな?

こんなん当たり前やがな!
それ常識!
普通そうでしょ!
そんなこと一般には通用せんよ!

などなど・・・・・

当たり前って何?
常識って何?
普通って何?
一般には通用って何?



僕がこのnoteに最初に書いたのは、電車で初めて席を譲られたときのことを・・・


プロフィール欄に書いてるけどついに電車で席を譲られてしもたハハ
もちろんいつか近いうち?にはその時が来るんではないかとは覚悟はしてたが・・・・
コロナ過ということでマスクはしてるし、帽子もかぶってたので年齢は隠れてると思ってたのに・・・そういう意味ではある意味ショックだった。こんな変装?しててもバレるんだと。

あの時は山歩きした帰りの電車でのこと。そんな混んではなかったが席は埋まっていた。僕はドア付近に立っていたら反対側のドアから2人目のお嬢さんが寄ってきて「どうぞ」「ややややや!ついにキタ~!」と、内心思った。座りたい思いがにじんでいた?いやいやそんなことないはずホント!
でもいつか席を譲られたときは素直にありがとうと座ろうと心に決めていたので「ありがとう」と出たが、内心は「来たか来たかついに・・・」

その前いつだったかこんなシーンを目にした。
席を譲られた方が「いえ結構です」と言った。でも譲ったお姉さんはその席に戻ることはなく移動してしまった。席を譲ったのに気まずいよねェ~っと僕はその時思った。
だからもし自分がいつか席を譲られたら素直に座ろうと決めていた。
その時が来ただけなのだ。

でもホント自分は年寄りに見えたのかなァ・・・
でも見えたから席を譲ってくれたんだよなァ・・・
洗面台の鏡の向かってひとりしげしげと見つめてるのであった!


このシーンは当たり前ですか?
お年寄りや体の不自由な方には席を譲る行為は当たり前ですか?
普通ですか?
常識ですか?
一般的ですか?

この当たり前や普通のことっていったい何が基準なのだろう。
そう思って考えたら・・・・自分が基準なのではと・・・
自分が当たり前と思ってることでもあなたにとっては当たり前ではないかも・・・・
自分が普通にやってる行為でもあなたにとっては普通ではないかも・・

もうかなり前のこと、僕が若かりし頃の話。
自転車が好きな僕は自転車で日本全国走り回ってた。その時の宿はテント泊かユースホステル。あるユースホステルでの出来事・・・
寝る前の歯磨き中に・・
「歯ブラシ貸してくんない」
「え」!
「歯ブラシ貸してください」
「は」?
こんな会話だったと思うが・・ね!信じられない!
後から思ったのだが、貸してくれと言った彼は多分家では家族が歯ブラシを共用してたんじゃないんかと・・・・
すなわち彼にとっては歯ブラシの貸し借りは当たり前の行為だった?

これも若いころの話
仲良し3人組で銭湯に行った時のこと、風呂からあがりバスタオルで身体を拭いていたら・・
「バスタオル貸して」
「え?バスタオルって貸し借りせんやろ」
「洗ったばかりの身体やしイイやん」
この貸し借りってやはり当たり前普通の行為なのかなぁ?

僕が子供だった頃(もう60年以上も前)我が家にはバスタオルなんてものはなかった。普通に手ぬぐいで洗って絞って体を拭いていた。ある時バスタオルなるものが我が家にやってきた。もちろんたった1枚だけ。この1枚をどう使うかというと、手ぬぐいで一度拭いてから仕上げにバスタオルで拭く。もちろん家族共用だった。
その後一人住まいになって当たり前に自分用のバスタオルがあっての生活になり、結婚して家族が増えてもそれぞれに一枚自分専用のバスタオルが有ることが当たり前の生活になっていった。
当たり前や普通に思うことって変化していくのかなやっぱし?

ここで思うのはやはり当たり前や常識、普通のことは自分が基準で、その基準は自分が生まれ育った環境からまずは形成されるということ。家族の当たり前や常識が自分の基準になってるということ。

ここで冒頭の電車内での席の譲り方に戻ると・・・・

昔は電車などでは「シルバーシート」と呼ばれた席があった。いつしかシルバーシートとは言わずに「優先席」と言われるようになってた。
なんでシルバーシートや優先席ってあるの?
お年寄りや体の不自由な方の優先席ってことは分かるが・・・
だったらそれ以外は・・・・・なんか変・・・

普通席は満席で立ってる人がいるが、けど優先席には空きがある・・・
ある意味不思議な光景だ。裏を返せば優先席は席を譲らなければならない時があるから最初から座らない!
ってことは普通席は譲らなくともいい席ってこと?
それがあたりまえ?常識?普通のこと?

確か昔は「お年寄りには席を譲りましょう」って言ってた。
譲らない人が多かったからシルバーシートなるものが出来た?
考え方によってはそれがあだになった。

そんなこんな言ってもだいたいみんな、お年寄りや体の不自由な人には席を譲るものだと心のどっかでは思ってるんじゃないかと思う。思ってるのでは・・
ではなぜ行動に移せない?
現代人はみんな疲れてるんだよね・・・・かも?

僕も席を譲ったことは過去にある。しかし結構譲る行為って勇気がいるんだよね。なんで勇気がいるの?良いことするのに・・・・やっぱし他人の視線が気になるのかなぁ・・? 勇気を出さなきゃ席を譲れないってやっぱおかしい。何がそうさせてる?

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家族でお出かけ、おじいちゃんおばあちゃんとお出かけ。電車で座ってるのは子供。親やおじいちゃんおばあちゃんは立ってる。これって・・・・?
かわいい可愛いカワイイ孫のためだったら・・・おじいちゃんおばあちゃんは立っとくよ・・・・よく目にする光景だ。

で、ボクは思った。

ここから間違いが起きてるのではないかと・・・・
空いた席には目上の者が座るべきではないかと。
親子なら親が座るべきでは・・・
立たせておけないような小さい子なら膝に乗せて・・・
幼稚園児位から上になれば電車では立って乗るのが当たり前だと・・
親やおじいちゃんおばあちゃんが座ることが当たり前だと・・・
親はお年寄りが来たら席を譲る。子はそれを見て当たり前の行為を認識する。こうなれば席を譲るのに勇気などいらない自然な行為としてふるまうことが出来たのではないか。優先席なんてものはいらないのだと思うが・・・
とはいうものの今更手遅れか・・・・・ハハ

当たり前を当たり前に・・・
普通のことを普通に・・・
常識なことを非常識にならぬよう・・・・
ボクなりに生きたい・・・

少し前に「私は電車で席を譲るのが好きだ」って言うのを読んだ。
電車で席を譲るのが好きって・・・・?
確かに結果的にはお年寄りや身体の不自由な方にはうれしい話だが・・・・
好きって・・・・・















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