子の心、親は知らず

数十年前になるが、子供達の進学した学校の都合で、主人が息子と、私が娘達と暮らし、車で片道3時間程かかる場所に離れて住んでいた。
娘が今年受験で一番下の子がまだ小さかった為、なかなか息子にも会いに行けず過ごしていた頃、何だか息子の様子がおかしいと電話越しに気づき、アポ無し訪問をしてみる事にした。旦那が夜勤で出かけ、1時間程たった頃、息子達が住んでいるアパートの呼び鈴を押した。息子が「今日は早かったね」と言いながらドアを開け、私の存在に気づくとかなり驚いた。「仕事でこっちに急に来る事になってさ。お父さん、もう仕事いったん?」私の話が終わるか終わらないかのうちに息子は部屋を飛び出した。ドアの向こうで誰かに必死に電話している。「ごめん。今日は無理。急におかんが来た」悲しいかな、全て丸聞こえである。部屋に何食わぬ顔で戻ってきた息子に早速きいてみる。「なんか話し声きこえたけど、誰かと話してた?」「え?俺、トイレにおったけど、何も聞こえんかったで。」確かに息子の声がしていたし、トイレには娘が入っていたはず。かなり怪しく感じる。とりあえず、その日はソワソワしている息子と一晩過ごし、次の日の夕方帰ったふりをして、アパートの見える場所に車を停め夜を待った。旦那が仕事に出かけ、1時間位たった頃、白い車がアパートの前に停まり、息子と同級生位の男の子がおりてきて、息子の部屋に入って行った。時計は22時を回っている。暫く様子を見ていたら、明け方5時位、空が大分明るくなってきた頃、またあの白い車が迎えに来て、その子は帰って行った。すぐに息子の部屋に入ると、タバコの吸い殻を発見した。なるべく冷静に息子に話かける。「昨日の22時過ぎに遊びに来た友達は、同級生なん?」眠いからと布団に逃げようとする息子に大事な話やからと正座させて正面に座り込んだ。ポツポツと息子が語り始めた言葉は、その子はお母さんと2人で暮らしているがお母さんは夜にお仕事をしていて、仕事に行く前にその子を息子のアパートに送り、仕事が終わり次第、また迎えに来るとの事だった。タバコは、その子が吸っているもので、その子は中学を卒業したらすぐに働きに行くらしい。息子も夜は暇だから、その子が遊びに来るのは嬉しいが、最近タバコを吸い始めたから正直困っていると話した。という事は、相手のお母さんは何を考えているのだろう。タバコの事は知っているのかな?いくら楽しいからって、中3の子が毎日のようにその時間に遊びに来るのは如何なものか?自分の息子にも何だか腹が立ってしまい、こんな状況になっている事に全く気づいていなかった自分に一番腹が立った。
息子に「この状況を続けたいのか?例え自分が吸っていなくても、目の前でタバコを吸う友達をどう思うのか?」と聞くと、返答がない。自分の行動は正しいかどうか考えてみたらと声をかけ、アパートを後にした。家に帰る途中、旦那に電話して状況を説明すると、旦那もうすうすは気づいていたらしく、その日の夜の現場に何食わぬ顔で現れ、タバコを吸っている事は、よそ様の子供だが厳しく注意し、それを側で見ていた息子にも同じく厳しく注意した。その後は、今の状況を2人ともどう思っているのか?色々2人の気持ちをなるべく聞いてから、旦那なりの意見を話したらしい。
その後、その子が夜、アパートに来る事はなくなった。もともと中学校にもほとんど来る事がなかったので、息子はその子と会う事もなくなってしまった。
今年のお正月、息子がその子と久しぶりに遊びに行くと話してくれた。中学校を出てから必死で働き、独立して、今は自分で起業し社長になったらしい。そして今度2人で飲みに行こうと誘ってくれたと嬉しそうに息子が話してくれた。「まだ連絡とれてたんやね。良かった。おかんのせいで友達を一人なくしてしまったんやないかとほんまはずっと心配してたんさ。」と話す私に、息子は「あいつは中学からの大事な連れやで。タバコは嫌やった時もあるけど、俺が知らん事を一杯知ってる。おもろい事も一杯知ってるし、危険な事も一杯知ってる。それを真剣に教えてくれる。先生みたいや。ほんで俺が怪我したり、凹んだ時は真っ先に連絡くれてご飯行くぞって連れ出してくれるんや。」と笑いながら話してくれた。いつまでも、人生の先輩であるような彼が、息子の友達でいてくれたらいいなと思う。

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