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男子校のメリークリスマス

 果たして男子校には華やかなクリスマスなんて存在しないのだろうか。この稿では、一風変わった男子校での男子高校生による男子高校生のための楽しい楽しいクリスマスの思い出について書きたい。熊野寮の理念とは真逆のホモソーシャルな空間での出来事なのでこれを読んで多少気を悪くする人がいるかもしれないことは先に断っておく。また、あくまでホモソを礼賛するものでも特定の価値観を強要するものでもなく、ひとつ個人の記憶の美化として読んでもらいたいものである。

 高校3年間を男子校で過ごした自分は当然3回の12月25日を経験した訳だが、主にそのうちの高1と高2のときのクリスマスについて書く。

 高1の頃はまだコロナ禍もなく平穏な学校生活が続いていた。毎年たいてい12月24前後に2学期が終わるのでクリスマスはちょうど冬休みが始まってすぐくらいの時期になるのだが、1年生はその冬休み早々のタイミングで3泊4日でスキー林間に行くことができる。しかしもうお分かりのように24日前後から3泊もすればクリスマスもイヴももろに予定が被る。鼻から24、25日に予定がないことを見透かされた日にち設定に釈然としていなかった同級生は少なくなかったが、これも学校なりの優しさなのだと自分は思っていた。24、25日もどのみち学校に勉強しに来て夜までダラダラ教室で過ごすくらいなら、いっそ嬬恋のスキー場にまとめて監禁されながら、言い訳がましくありもしなかった華やかな予定を語らい合う方が趣があるというものではないか。とにかく高1のクリスマスは暖冬で雪の少ない男だらけのスキー場で4日間ひたすら滑り続けたのだった。遠く山並みの雪景色を眺めるにも、針葉樹林の雪のトンネルをくぐるにも、夜ホテルから抜け出して満天の星空を見上げるのにも、キャッキャッと雪玉を投げ合うにも、肩を寄せ合ってリフトに乗り込むにも、全部が全部男同士である。楽しいったらありゃしない。全部雪のせいだ。

 スキー林間とはいえスキー以外にもイベントはたくさんある。全国大会に進んだラグビー部の初戦の中継を、何もないロビーの廊下の白い壁に映して先生たちと観戦したのはかなり楽しかった。はたから見ればロビーの端っこで地べたに座り込んで大盛り上がりしている迷惑客だったかもしれないが。部屋ごとでの夜の時間なんかもそう。聖夜が終わりを告げる瞬間に何かの呪縛から解かれたように奇声を発する者、「終わっちゃったよ…」と呟いて何か大事なことでもやり残したかように肩を落とす者、その横でただただジャンプする者。冬休みの課題を進める者、寝る者、その寝顔を無限に連写する者。音声素材集からかき集めた女子高生の声を駆使してトークアプリでおじさんと会話して遊んでいる者もいた。一面に敷かれた布団の上に雑魚寝して思い思いの方法で夜を更かす、そんな楽しいクリスマスだった。

 高2のクリスマスは部室で部活の友達とクリスマスパーティーを開催した。コロナ禍により冬休み中の登校が制限されていた関係で、終業式が終わった24日の放課後にコッソリと敢行した。学校から2~3km離れた業務スーパーに鶏肉やらファンタやらホールケーキやらを買い出しに行って、部のバーナーを借用して部室で照り焼きにして食べた。ネズミの糞が転がった汚い部室をそれっぽく飾って、サンタ帽を被りキラキラモールを首から下げてM-1でのマヂカルラブリーのネタが漫才かどうか話し合いながら無限にスマブラをしていた。クリスマスパーティーが終わるころには初心者の自分もドンキーコングの掴み技が扱えるようになっていた。人のスイッチのコントローラーを片手に、来年に控えた大学受験のことやクリパに来なかった彼女もち部員への妬み嫉み、先輩の進学結果予想なんかについてダラダラと5~6時間は喋り続けながら夜を更かす、そんな楽しいクリスマスだった。

 高3のときは受験勉強でそれどころじゃなかったが、それでもミニストップで400円くらいの特大ケーキを買うだけのゆとりはあった。「人(イエス)の誕生日にイチャイチャするのは良くない!」という謎理論がでかでかと黒板に書かれた教室で、特大ケーキを友達と食べてささやかにクリスマスをお祝いした。

 聖夜を彩る電飾の魔の手がまだ及びきっていない冬の北浦和界隈、手を繋いで帰宅する隣の共学の高校生カップルを尻目にひとり寂しく単語帳のリスニング教材を聴きながら足早に歩く男子校生の姿がそこにはあった。目の前で繋がれた男女の手なんかよりも東進衛星予備校の前に掲げられた共通テストまでの日数カウントダウンの方がはるかに目に悪い。そんな強がりを考えながら寒さが身に染みて仕方がない、そんなクリスマスだった。

 男子校で過ごした3年間の数えきれないほどの馬鹿な思い出の中でも電飾に負けじと輝いている聖夜の記憶。毎年クリスマスが来るたびに思い出しては唾でも吐きかけてやりたい大切な記憶である。

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