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193.「奴隷」だなんて、私は思ったことがない。私はどんなときでも、自分で選び、自分で意味を見出して生きていく。

実家では母が料理、父が皿洗い等の片付けをすることになっている。

久しぶりに帰省した時、
母が作ってくれた料理をいただたいた後は
父がせっせと皿洗いをしてくれていた。

数年前にリフォームをしたが、食洗機等を好まないため、
手洗いと手拭きで、食事後の皿洗いは大変なひと仕事である。

「ありがとうね。私たちが来て、人数が増えて大変だよね。」と言ったら、
父は「いいんだよ。これは僕の仕事だから。」

我が家は人数が多いので、さすがに申し訳なくなって、
「手伝うよ」と言っても、父はいつもそう言ってくれる。

そして、その後、もうひとこと追加された。

「僕はママの奴隷だから。」

何度か父の口から耳にしたことがある言葉であるが、
やっぱり聞く度に悲しい気持ちになるなぁと思った。

ど‐れい【奴隷】 1 人間としての権利・自由を認められず、他人の私有財産として労働を強制され、また、売買・譲渡の対象ともされた人。 古代ではギリシャ・ローマ、近代ではアメリカにみられた。

コトバンク デジタル大辞泉より

父はやりたくなくて、仕方なくやっているんだなぁ、
だったら、食洗機を導入すればいいのに、といつも思う。

今回は思わず
「家事ってほんと大変だよね。
でも、私は奴隷だなんて思ったことないよ」と言ってしまった。

父は、私のブログを読んでくれているので、
「お前はそうなんだろう。それはそれでいい。」と言ってくれて、その話は終了したけど。


「奴隷だ」と思うくらいなら、やらなくていいと思う。
私なら、やってほしくないと思う。

父としては、そういうわけにはいかないし、
ただの冗談で言っているだけかもしれない。


今日だって、
自分はやっと元気になったけど、
4歳の次女が発熱し、幼稚園に行けず…
病院に連れて行ったりするなどの
家事や育児に追われ、

自分の時間がもてたのは
1歳の長男と4歳の次女が
たまたま寝てくれた1時間位だけ。

悲しいくらいに
自分の自由な時間がもてず、
いまも焦ってnoteをかいている。

子どもや家族のために
朝から晩まで
家事や育児をする。

捉え方によっては
「奴隷」なのかもしれないけど、
私はそうは思わない。



いつだって、どんな仕事にだって意味がある。

その意味を見出すこと。

そして、
自分でやると決めること。

それを大切にしたいと思う。
いまも、これからも。

読んで下さるあなたがいるから、今日もnoteが書けています。 またお時間のあるときに見に来てくださると嬉しいです。