弱体化したか?(犬吸いたい人)
私、弱体化してね?
成長したいなら広い世界を知るのはよくない。
コトの重さは知らないほうが動きやすくて良い。
井の中の蛙は指に吸盤があるし、跳躍もできる。
井の中で安全におたまじゃくしとして力を蓄えたんだ、出てきたのは相当に強い蛙でしょうよ。
私は読書ノートをつけてるわけでもないから、一体何人が、どんな人を見てそう思ったのかはっきりしないが、成功者の本を何冊か読んでると、どうやら力を身につける過程は内輪で何かやったりして、狭いコミュニティで能力を開花、研鑽しているように思える。
ところがぎっちょん!
こ↑こ↓インターネットでは、そうは見えない人も多い。
研鑽しなくて済んでしまった人、インターネットの匿名性の高さ故に、どれだけ長い下積みがあったのかが見えにくいからだろうか。
そして広く、簡単に来ることができるインターネットの世界は、偶々インターネットの人にウケる何かが開花していた人ならたちまちそこに人が群がり、"成功者"になる。
インターネットは広いから、本来狭いはずのニッチなコミュニティでも人数が集まるようだ。
私は成功者になりたい。
この半生で、自身の無能さ、悪さはよく思い知った。こんなののゲノムを後世に遺したくはない。私にはきょうだいが居て、どうやら私より上手に生きられそうだ。だから私の家系のゲノムは彼らに任せたい。
ゲノムを遺さないのならば、せめてインターネットにミームを遺したい。
ゲノムは遺したくなくても、私自身の一部を、何らかの形で後世には遺したいのだ。
インターネットのおかげで、ミームを遺すための手段自体は簡単になった。
それを串してミームとして誰かの人格を構成する一要因になりたい。
ところがぎっちょん(2回目)
私は何も持っていないし、こうして何かコンテンツを遺そうとやってみても上手くいかない。
やってみてもすぐには上手くいかないのは本来当たり前なのだが、ここはインターネット。
たまたま上手くいってしまった人や、下積みが見えない、その強さに根拠のない人が大量にいやがる。
それもあらゆるジャンルに。
そんなのを見て、しかも少し手を出してみて、自分が何もできそうもないと痛感した上で、勝てる、並べる、近づけると思えるだろうか…?
そう思ってしまったが最後、私は成長をやめてしまった。行動を起こす気がなくなった。
成長する力、行動力において、過去の自分に完全に負けた気がする。
私、弱体化したか?
……多分、してない。
私はヒトとしての完成度は低いが、それでも数年前の自分より弱いことはない。
大体のステータスは当時を上回ってるはずなのだ。
しかしインターネットに触れてしまった。
凄い人が沢山居て、広い。
自分の及ばぬ所に気を配れるようになったから、未熟さを強く思い知る羽目になった。
もう大海を知らずとはいかない。
井の中に居たとて這い上がれる私ではないが、井の中の蛙ほど狭い知識に囚われはしない。
大海で自由に動ける遊泳力もないのに、何故かまだ生きてる。
いつか漂うだけのプランクトンをやめて、地に脚をつけて生きるんだ。
エビとかカニみたいに生きるんだ(?)
上手くまとめようと足掻くと更に酷い黒歴史になりそうなので…
わたしゃカス大学生。弱者男性。海底で這って生きる。
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