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自己紹介(WatanabeKatsuya)

改めて本当に紆余曲折な人生を歩んできてしまったので自己紹介Entryです。
新規事業・事業企画・事業開発・アライアンス・地方創生
PR、Brandingなど企画から考えるのも好きな人間です。

なんでそんな色々なことをやってきたのか?
渡辺とはどういう人間なのか?ご一読ください。

◆誕生
1982年6月23日生まれ(東北新幹線開通の日)福島県で誕生、
銀行員の父と教師の母の間に長男として生まれました。
祖父、祖母、幸せな家庭で穏やかに過ごしました。
※現在は福島県で東京の企業に勤めリモートでお仕事してます。

◆幼稚園時代ー中学
Lピアノを3歳から始めます。絵や音楽に触れるのが好きで育つ
両親共働き(父親単身赴任のため)一人で過ごすこと多めな子供時代
L小学生の頃はサッカー、陸上、中学では生徒会
L小学3年生の頃、偏差値テストの結果が異常で先生に呼び出される。
(大人になってから性格検査をするとアメリカのスタートアップ
経営者に多いタイプ!と出ました。変わった子供だったと思います)
L中学受験の最中にNIRVANA、洋楽、MTVと出会う。(Rock好き!)

◆高校時代ー高校浪人ー高校入り直し
L進学高校へようやく受験して入るも1か月で不登校
L一年間読書(100冊)映画(80本)作曲(60曲)の日々を過ごし高校を退学
L偏差値60の高校から偏差値38の高校へ入り直し
そこから早稲田大学受験を目指します。(ビリギャルみたいな感じ)

◆早稲田大学
L偏差値38から早稲田大学へ合格 🇯🇵
現代文の偏差値は69、英語は65まで上がりました。
サークルは
L早稲田ガーディアンという編集サークルへ入り編集部のお仕事をします。

また、田原総一郎さんのゼミで大隈塾というゼミにも所属。
ジャーナリズムを当時は目指してました。この頃は出版社でアルバイトしたり。塾でアルバイトしたり。学校にはほとんど行かず、塾では4年間アルバイト。個人事業ではじまった塾も卒業する前には会社になりました。この頃から、高校退学したり色々した経緯があり、若者のために何か教えていく仕事に興味を持ちました。(母が教師だったこともあり)

その後。、新卒の時には教育系の会社へジョインします。
広報PRの仕事、HPのリニューアルなどのお仕事をしてました。

その後、ITシステム会社へ転職。IBMのパートナーの企業にて大きなシステムの販売のお仕事をしてました。官公庁様、金融機関様など大きなシステムをおさめていく仕事は大変勉強になりました。3年目で新規事業の立ち上げのお仕事もさせてもらいました。数億円規模の事業に成長しました。


その後、東日本大震災がきっかけとなり、リクルートライフスタイル(現在:リクルート)へ転職。福島出身の妻と結婚し、福島県に戻るという決断をします。営業として入社し、初年度で全国1位、MPV、新人賞などもいただきます。(ありがたや)


3年後まさかの東京へ異動となり、リクルートベンチャーズという組織を経験し、新規事業の立ち上げ方を学べました。(感謝)今の自分自身の思考法などの全てのベースとなっています。

その後、自分自身でじゃらんnetを超える旅行サービスを作ってみたい!ということで当時、RETRIPというぐいぐい伸びているキュレーションメディアを運営していたtrippieceに入ります。事業開発経験など色々経験させてもらいました。

その後、DeNAショックがおきRETRIPもその影響をダイレクトに受けました。本当に色々あり辛い日々でしたが、結果「スタートアップの企業をもっともっと強くしなくてはいけない!」という想いでランサーズという会社へ転職、スタートアップの皆様の事業(特にメディアなどのサービス)を伸ばすための事業開発コンサルティングのお仕事をし始めます。

そして、そのご縁でランサーズのお客さまであったavex社の皆様と出会い、avex社にて新規旅行サービスの立ち上げにかかわらせていただきました。これまた本当に大変なお仕事でしたが(多分睡眠時間は一番少なかったと思います)リクルート時代からの夢であった新しい旅行サービスの立ち上げのお仕事ができたのは本当に感謝しています。

その後、コロナの影響があり...旅行サービスはなかなか厳しい状況になったのと、自分自身、「もっと世の中の生活のベースとなる仕組み」を変えたいという想いから教育系、人材系のスタートアップを2社ほど経験いたしました。

そしてこの頃のタイミングから、故郷福島県に家族一緒に戻りましてフルリモートのお仕事にシフトいたします。またこの頃から「新規事業・事業開発・アライアンス」などにおいて「そういえば渡辺さん!こんなことできないですかね?」と有難いことに色々とご相談を多くいただくようになってきました。
(もうこの頃ぐらいになってくると「渡辺さんもはやどこの企業にいるんですっけ?)というぐらいの感じになってきてましたが、それでもずっと今でも仲良くしていただける皆様には本当に感謝でございます。

子供が誕生し、40歳の歳になり、これからの人生を考えました。
なんだかんだで会社が変わっても、ありがたいことに自分は新規事業、事業開発の領域でお仕事をずっといただいている。そこの領域でプロフェッショナルになろう。教育の試みも、そこを軸にした教育の試みを自分でやっていこう。
自分自身今までやってきたこと「新規事業・事業開発・事業企画」この領域を極めていこうと思いました。

今は新規事業や、事業開発のお仕事をリモートで東京の会社様でお仕事をさせていただいております。本当に恵まれた環境でお仕事できていて感謝です!

今後ともよろしくお願いいたします!

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