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小説 誕生日 第4話

 姉貴とほたるが実家に行く時、僕も時々同行する。この間は、畑でイチゴができたから、というので三人で実家に行った。

 座敷では親父とおふくろとほたるが机を囲んでいた。

「ほたる、ほらイチゴよ」 

「おじいちゃんとおばあちゃんの畑でできたんだよ。今日の朝、採ってきたばかりなんだよ」

 白いボール型の皿に、緑の葉っぱのついた赤いイチゴが盛られている。まるで絵画のように。

 親父とおふくろは役場を定年退職後、畑で野菜作りを始めた。最初は足が二本ある大根や、しの字の形のキュウリを収穫していたが、最近ではほたるが「すごい!」とびっくりするほど立派な大根やみずみずしいキュウリが収穫できるまでになった。そしてとうとう果物にも手を出し始めた。

 去年はすいか。そして今年はイチゴ。どれもほたるに食べさせたくて栽培を始めたのだ。

「最初にほたるに食べてもらおうと思ってね、おばあちゃんたちもまだ味見をしてないのよ」

「ほら、ほたる食べてみて」

 ほたるが葉っぱをつまみ半分ぐらいかじる。
 
 親父とおふくろは並んで斜め前に座り、黙って様子を見ている。息をのみ、ほたるの判定をじっと待つ。

「んー、おいしくない――」
 
 半分残ったイチゴを手に持ったまま顔を歪める。少し間があり、

「そっか……」
「そう……」

 二人は肩を落とし、消え入りそうな声でつぶやく。

 僕と姉貴は隣り合う台所のテーブルに座りその様子を見ていた。姉貴は短辺部に座っているので横を向き、僕はその左隣に座っているので正面から。こちらのテーブルにもイチゴの入った皿が置いてある。

「ほたるももうちょっと気ぃ遣え、って感じだよね」

 僕にだけ聞こえる程度の声で姉貴が言った。

「いや、正直なとこがいいんじゃない?」

「だってさ、これ多分すっごい時間と手間かかってるよ」

 姉貴がイチゴを一つつまみ上げ、顔の前に持ってきてまじまじと見つめる。

「ほたるが食べるから、ってできるだけ農薬を使わないようにしているみたいだし。ありがたいことだよ。虫を取ったり肥料あげたり水あげたり、こまめにやってるんだと思うよ。鳥にも食べられないようにしないといけないし」

 姉貴はそう言いながらイチゴを半分かじった。

 次の瞬間、座敷に向けていた顔をくるりとこちらに向け、小声で言った。

「あ、こりゃあ甘くも酸っぱくもないわ」

「そうなの?」

 僕も小声で答えながら、イチゴをかじった。

「うん、まあ確かにほたるの言う通りだね」

 水分はあるが味の無い、初めて食べる不思議な味のイチゴだった。

「でもさ、素人が作るイチゴなんてこんなもんでしょ」

 僕と姉貴はひそひそと言葉を交わす。姉貴は残りの半分を口に入れ葉をテーブルに置いた。

「よし、じゃあ来年はもっとおいしいイチゴを作れるよう、おじいちゃんとおばあちゃん勉強して頑張るから。ほたる、期待して待っててくれよ」

 気を取り直したらしい両親の明るい声が座敷から聞こえた。

「そうだ、練乳かけようか?」
「あっ、そうだな。甘くなるもんな」

 おふくろの提案に親父が同意し、すぐに立ち上がり台所へ練乳を取りに来た。

「お前らも練乳かけたらいいよ」 

 僕と姉貴に言いながら冷蔵庫に顔を突っ込み練乳を探し出す。

「母さん、練乳どこだっけ?」

 冷蔵庫を開けたまま顔を座敷に向ける。

「辛子が入っている横のポケットの下の……」

 おふくろの説明の途中で「ああ、あったあった」と練乳を取り出した。

「ほたる、あったよ」

 親父はうれしそうに練乳をを持ち上げほたるに見せる。そして座敷へといそいそ戻って行った。

 それから、練乳をかけたイチゴをほたるが「おいしい!」と食べる様子を親父とおふくろがにこにこしながら見ていた。

「あの様子だと、きっと来年は甘いイチゴ作るよ」

 僕の言葉に「そうかな……」と姉貴は全く期待していない様子だ。

「去年のすいかの時もさ――」

「ああ、あれもまずかったよね」
 
 姉貴は、また座敷からそむけ、顔を大げさに歪めてみせた。

「あの後、何か用事があって、すぐに来たんだよ。そしたら何か資料みたいなの、いっぱい置いてあってさ。チラッと見たら、すいかの栽培方法みたいなやつでさ」

「へえー。ほんとに勉強してんだ」

「そうだよ。ほたるの為なら努力は惜しみません、って感じだよ」

「あんな前向きな人たちだったっけ?」

「いや、ほたるがそういう部分を引き出してるんだよ、きっと」

「ありがたいことだよね。でもま、マズくても、すいかジュースにすればおいしくいただけますから」

 去年の夏、ほたるに食べさせたくて作ったすいかが全然甘くなく、ほたるに落第点をつけられてしまった。そのすいかを姉貴がもらって帰ったのだ。

「あっ、あれうまかったよ。風呂上がりにグイグイいけたもん」

「おいしかったでしょ?実をくりぬいて、ミキサーで潰して、ざるでこして、砂糖たっぷり入れて、ちょっとレモン汁垂らして」

「結構、手間かかってんだ」

「だってせっかくほたるの為に作ってくれたんだもん。まずいからって捨てらんないでしょ。それにおっきいすいかを前に泣きそうな顔をしてる父さん達を見てたらかわいそうでさ……」

「確かに――」

 親父とおふくろの顔を思い出し笑いがこみ上げてきた。

「じゃあ、ほたるも一緒に行くか?」

 座敷から両親のはずんだ声が聞こえてきた。

「行く!」

「よし、じゃあ行こう!」

 座敷の三人は立ち上がった。どうやら畑に生っているイチゴをほたるも一緒に収穫に行くらしい。

「ママ、イチゴ採りに行ってくる」

「ジャンバー着て行きなさい。それと手袋、おばあちゃんに借りて」

「はーい」

 ほたるは座敷に置いていたジャンバーを着て、先に出ていた両親の後に続き出て行った。
                    
                       ( 第4話 終わり )

 

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