小説 誕生日 第6話
「やっちゃんは長男だからさ、あのババアも何も言わなかったでしょ?」
姉貴は穏やかな顔つきに戻っていた。
「そうだなぁ、特にばあちゃんに何か言われた記憶はないなぁ」
「田舎の長男は大事にされるの。跡取りだからね」
「そんなもんかなあ……」
「そうだよ。あの婆さんにとって、やっちゃんは大事な跡取りだったんだよ」
「でも、父さんと母さんはそんなこと一度も言ったことないけどな……」
地元には帰ってきたが、跡取りとか考えたことも無かった。
「父さんたちはそんなこと考えてないもん。だから地元を離れて大学行くって言っても何も言わなかったでしょ?」
「うん、何にも」
「多分、そのまま就職しても全然何も言わなかったと思うよ」
確かに就職先にしても、両親から地元に帰って来いとは一言も聞かなかった。
「そこが父さんたちの偉いとこなんだよねぇ。跡取りとか親の面倒見ろとか、全然、頭に無いと思うよ」
姉貴は真剣な表情だった。その瞳はロウソクみたいな優しい光を放っていた。
「多分、本当に自分たちの子どもだと思ってんだろうねー。だからこんなに自由にさせてくれるんだよ」
「うん……」
「私もほたるに自由に生きて欲しいもん。親のことなんて全然気にしないで、ほたるの好きな人生を歩いて欲しいと思うもん」
「それはそうだよな……」
「これって、自分で言うのも変だけど、愛情だよ。父さんと母さんも私たちにおんなじことをしてくれてるもん」
「うん……」
確かに両親は自由にさせてくれた。僕はそれが当たり前だとしか思っていなかった。姉貴が地元を離れて大学に行ったのを見ていたから、右に倣えと地元を離れ進学した。アルバイトはしていたが、四年間仕送りもしてもらっていた。それは『学業に支障が出るほどアルバイトはしなくていい』という両親からのメッセージだった。
大学二年の時に『祖母が亡くなった』とおふくろから電話があった。「もし帰って来れるなら」と前置きをして、通夜と葬儀の日程を知らされた。正直、祖母の死を聞いても全く悲しい気持ちにならなかった。冷酷なのかもしれないが、それが正直な気持ちだ。
僕は通夜と葬儀は行かないつもりでいた。きっと涙も出ないだろうし、そんな姿を親戚にさらすと却っておかしなことになる。姉貴も同じだろうと思ったが、念のため電話で確認をした。
「私は行くよ」
まさかの姉貴の返事だった。
「えっ、何で?」
祖母の葬式に行く、というのに何で?と聞く方が変なのだろう。が、僕と姉貴にとっては(特に姉貴にとっては)祖母はそういう存在なのだから仕方がない。
「だって私らが行かなかったら、ごちゃごちゃ言われるのは父さんと母さんだからね。親戚の中にはそういうのにうるさい人がいるのよ。どっちかっていうと、母さんが言われるかな――」
「えっ、そうなの?」
「だって嫌じゃない?母さん達は何も悪くないのに私らの為に何か言われるなんて――」
「うん……」
「だからさ、やっちゃんも一緒に行こうよ。あのババアの死顔なんて見たくもないけどさ。神妙な振りして、ちょっと泣いて見せれば済むんだから」
「うん、そういう事なら行くよ、絶対」
そして僕と姉貴は祖母の通夜と葬儀に参列した。姉貴の言う通り、神妙な顔をして、ちょっと泣いてみせた。葬儀後の会食までは済ませよう、と姉貴と話していたが、
「あんたたちの分はお弁当にしてもらったから、これを持ってもう帰りなさい。今からなら今日中に帰れるし、明日の授業にも間に合うでしょ?」
と、おふくろが急かすように紙袋を僕たちに差し出した。そして五歳年上の従兄に駅まで送るよう頼んだ。車中、従兄の会話は終始同情的だった。
「大学の試験中なんだって?大変だな、賢い大学に行くっていうのも」
別に試験中でもなく何のことかわからなかったが、姉貴が「ほんと、大変」と話を合わせた。どうやら僕たちを先に帰らせるための口実を親父かおふくろが作ったらしい。
正直、とても助かった。通夜や葬儀では悲しい振りもできたが、食事をしながらもそんな話をするのはちょっと自信がなかった。つい本音が出てしまいそうで、できるだけ喋らないようにしようと思っていた。
従兄と別れてから「きっと母さん、全部わかってたんだね」と姉貴はぼそりと言った。僕たちが本当は出席したくないけれど、自分たちの為に二人揃って帰って来てくれたんだ、と。
「もしかしたら、父さんと母さんと私らって、実は血がつながってるのかもね。だってこんなに気持ちがわかるなんてさ……」
姉貴は冗談みたいに笑いながら『本当にそうだったらいいのに』という顔をしていた。きっと僕も同じ顔をしていたと思う。
( 第6話 終わり )
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