見出し画像

友だち 3つの約束プラス1(ワン)  第5話

 校門には春木先生が立っていた。登校と下校の時間には、誰か先生が校門に立って「おはよう」「さようなら」とあいさつをするのだ。春木先生は一年の時の担任の男の先生で、僕が大好きな先生だった。
 やった!これもレオに話そう。「今日の校門の先生は春木先生だった」と。

 心の中でそう思いながら春木先生に「おはようございます」と言った。

「おはよう。小野寺くん、ジャンバーは?」
 春木先生が聞いた。

「忘れた」僕はウソをついた。

「そう……」春木先生は力の無い声で言った。そして、「風邪、引くなよ」と優しい声でつけ加えた。

「うん」
 僕は答え、教室へと向かった。

 授業を受けている間、僕は探していた。レオみたいに、まわりにあるすごいものをみつけるんだ。
 手に持っていた鉛筆に目が行く。鉛筆って便利だよなー。こんなにスラスラ字が書けるもんなー。教科書に目が行く。本に書いてあるのって便利だよなー。こんなの全部覚えられないもん。椅子っていいよなー。座って勉強できるもんなー。ずっと立っていたらしんどくなってしまうけど。消しゴムって便利だよなー。間違っても消せばきれいになるもん。筆箱っていいよなー。鉛筆とか消しゴムとか一緒に入れておけるもんな。バラバラに持っていかなくていいから便利だよなー。ハサミ、ホッチキス、定規、色鉛筆……。

 探し出すとたくさんみつかった。今まで気がつかなかったけれど、僕はたくさんのすごいものに囲まれていたんだ。うれしい気持ちになった。レオに自慢しよう。

 休み時間になると――。運動場っていいよなー。いっぱい走れるし、遊具もあるし、車が入ってこないから安全だ。階段って便利だなー。二階に上がるのも下りるのも簡単にできる。ロープだったら登ったり降りたりするの大変だもんな。

 給食の時間は――。お箸って便利だな。手で食べるとベタベタするもんなー。お椀やお皿って便利だな。お汁がこぼれないし。何より給食は美味しいよなー。お腹がいっぱいになるから、うれしくなる。

 その日の夜から寝る前に、今日一日の中で楽しいことやうれしかったこと、まわりにあるすごいものを思い出すことにした。明日、もしレオに会ったら全部話したかったからだ。ちゃんと覚えていられるように。もし夢の中で会っても、いっぱい話したい。

 
 その後も両親の機嫌が悪い時や喧嘩をしている時は、すぐに家を抜け出した。それまでは家を出た後も、心の中はずっと雨が降っているみたいに憂鬱だったけれど、今は一円玉の大きさ分ぐらいは晴れている。レオが犬に追いかけられた話を思い出し、一緒に犬からに逃げている気分だった。

 外は寒くて暗かったけれど、公園に近づくほどに僕の足は軽くなった。公園に行けばレオがいるかもしれない。そう思うと、寒さも暗さも気にならなかった。

 いつものベンチに座って、レオを待った。

 でもあれ以来、レオには会えなかった。レオは家の居心地が良くなって、もう公園に来なくてもよくなったのかもしれない。きっと、そうだ。寂しいけれど、レオにとってはその方がいい。あんな寒い格好で外に出るなんてつらすぎる。

 公園で一人でいる時は空を見ていた。レオに会うまでは、ベンチに座っていても家のことばかり考えていた。地面しか見ていなかった。でもレオに聞いた三つの約束の一つ目、うれしいことや楽しいこと、いい気分を探すこと。ベンチに座って『何かないかなあ』とあたりを見回した。

 空を見た。真っ黒な空に星がたくさん散らばっていた。星ってこんなにたくさんあるんだ。すごい!僕はびっくりした。
 ずっと見ていると、星が固まってたくさんある所と、まばらにある所があった。楽しくてずっと見ていた。

 そしてレオに聞いた三つの約束の二つ目、その時に思いついたことをやってみること。次の日、学校の図書室で星の本を見た。

 星には星座というものがあり、昔の人が空を見ながら星同士をつなぎ、形を作り、名前をつけたのだという。僕は何度も本を読み、その形を頭に入れた。そしてまた公園に行った時に実際の星で星座を探してみた。でもわからなかった。本には、星と星をつなぐ線が描かれてあり、いろいろな形を作っていたが、実際には星がたくさんありすぎて難しい。

 それでも星を見ているのは楽しかった。空を見上げている間は家のことをすっかり忘れていた。
 
 本当の星座はわからなかったが、僕は自分で星座を作った。“丸座”と“棒座”だ。空の星を指でぐるっと丸くつなげると、丸座になった。星をまっすぐ一本の線につなげると、棒座になった。大きい丸座、小さい丸座。長い棒座、短い棒座。僕は空にたくさんの星座を描いていた。

 家に帰る頃には、公園に来た時とはすっかり気持ちが変わっていた。そして家に帰って、寝る前に今日一日の楽しかったことを思い出す。これはずっと続けていた。日を追うごとに、日中の楽しいことみつけが上手になっていき、夜思い出す数も増えていった。明日レオに会ってもたくさん話せそうだ。

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?