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友だち 3つの約束プラス1(ワン)    第3話

「愛空は地球が自転しながら太陽のまわりを周っていること、知ってる?」

 レオの話についていくのは大変だ。自分より小さい子の話を聞いているとは思えない。まるで大人と喋っているみたいだ。

「知ってるよ」
 
 学校では習っていないけれど、僕は知っていた。おじいちゃんから聞いたことがあったからだ。天体観測が好きだったお父さんの本を見ながら空のことをいろいろ話してくれた。

「どれくらいのスピードで回っているか、知ってる?」

「知らない……」

「すごい速いんだよ。自転も公転もびっくりするぐらい」

「そうなの?」
 僕はその後、図書室で調べた。レオが言うように、本当にとんでもないスピードで地球は自転と公転をしていた。

「でも僕たち人間は吹っ飛ばされない」

「うん……」

「すごいことじゃない?」

「うん……」

「なんだか想像すると、うれしくならない?すごい所に住んでるんだな、って」

 その時よりも、実際のスピードを知った時の方が数倍すごいと思ったし、うれしくなった。

「うん……」

 話の内容もだけれど、レオの楽しそうなその話っぷりにつられて、僕の心を固く縛っていた紐がスルスルとほどけていったみたいだった。まるで蛇使いの笛が蛇をスルスル動かすみたいに。
 心に空気が吹き込まれ、ふわっと大きく膨らんだ。

「愛空、靴履いてる?」

 そんなの当たり前だ。

「うん、履いてるよ」

 外に出ていくのに靴を履くなんて当たり前じゃないか。そう思いながら僕は自分の足元を見た。同時にすぐ隣のレオの足元にも目がいった。驚いた。素足にビーチサンダルを履いていた。
 この寒空に靴下も履かずにビーチサンダルなんて……。

『冷たくないの?』
 と聞くことはしなかった。冷たいに決まっている。

「靴を履いてると、地面の石とかガラスとか踏まないからいいよね」
 レオの声は明るかった。

「うん、そうだね」
 僕はレオの足元から目が離れなかった。

「ねえ、いっぱいあるでしょ?楽しくなることとか、うれしくなることって」

 この寒い夜に、半袖、半ズボン、ビーチサンダルの子どものセリフとは思えない。

「うん、そうかもしれない」

「だからね、そうやってまわりを見ていっぱいみつけるんだ。それで、もしその時にやってみたいことが思いついたら、やってみる」

「うん……」

「何でもいいんだ。どこかに行ってみたくなったとか、いつもと違う道を歩きたくなったとか」

「うん……」

「で、三つ目は嫌な気分の時は行動しないこと」
 レオはまた三本の指を立てた。

「嫌な気分の時は何かしたくなっちゃうよ。だって嫌だもん、そのままじゃ」

「どんな時?」
 レオは僕に質問をした。保健室の先生と同じぐらい優しい言い方だった。

「友達に嫌なことを言われた時とか……」
 両親が喧嘩を始めた時とか、と言いかけてやめた。

「うーん」
 レオは軽く握った左手を顎の下にあて何か考えていた。大人の真似をしているようだった。

「じゃあ、嫌な気持ちで頭がいっぱいになった時は『でも、もしかしたら』って考えるのはどう?」

「でも、もしかしたら?」

「そう!でも、もしかしたら、他の友達が遊ぼう、って言うかもしれない。でも、もしかしたら、意地悪した子も本当は愛空と仲良くしたいのかもしれない。とかね」

 なんか都合が良すぎる気がしたけれど……。それでも『でも、もしかしたら』とつけると、いろいろ考えつくような気がした。

「それもレオがお父さんに教えてもらったこと?」

「ううん、これは今、僕が考えたこと。だから、三つの約束プラス1(ワン)だ!」

 レオの声ははしゃいでいるように聞こえた。

「あっ、でも犬が追いかけて来たら、その時はすぐに逃げなきゃダメだよ」

 今までそんな目に合ったことはないが、そうなればそうするだろう。

「僕、前にね、こんな大きな犬に追いかけられて……」
 大げさに言いながらレオは両腕を広げる。でもレオの腕はまださほど長くないので、それほど大きな犬の形にはならない。

「すごく怖くて。その時に転んじゃって……。ほら、見て」
 レオは左足のかかとをベンチの端にのせ、膝の部分を見せた。膝には赤茶色のケガの跡があった。半ズボンなので膝はすぐに見える。

 傷はもう完治しているように見えた。僕はそれより裸足の方が気になる。寒くないわけがない。

「だから僕は今でも犬が苦手なんだ」
 そう言いながらレオは足をベンチから降ろした。

「こんな小さな犬でも怖いんだ」
 今度はレオは両手を今にもくっつきそうなぐらいの距離にした。

「そんなちっちゃな犬、いないよ」
 僕は笑いながら言った。

 レオと話していると、周りのことを忘れてしまう。夜遅くに公園にいることや、今は真冬でとても寒いこと。レオも忘れているのかもしれない。夏みたいな恰好をしていることを。
 
 それでもやっぱり今は冬で、ジャンバーを渡してTシャツ一枚になっていた僕は寒さが沁みてきた。 

 ここに来てからどれくらい時間が経ったのだろう。さっき来たばかりのような気もするし、でもレオといっぱい話した気もする。

「僕、そろそろ帰るね」
 もう両親の喧嘩も終わっているだろう。

「うん」
 レオの声は平然としていた。

『レオは帰らなの?』と聞きたかったが、言葉を飲み込んだ。家に帰りたくても帰れない事情があるかもしれない。



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