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友だち 3つの約束プラス1(ワン)   第2話

「ポケットにクッキーが入っているんだ。一緒に食べよう」

 レオは両手で左右のポケットをまさぐり、「これ?」と右のポケットからクッキーの袋を取り出した。

 僕はそれを受け取り、口を開けた。お父さんかお母さんが食べていた残りだったので袋はもう開いていた。そして手を入れ中を探ると、クッキーが三枚だけ残っていた。一枚取り出し「はい、これ。食べよう」とレオに差し出した。そして僕の分も一枚取り出し、口に入れた。唇がカサカサだったのでクッキーの粉が唇に付いたけれど、口の中は甘い味が広がった。レオも僕と同じように口の中に入れた。

 あと一枚。袋に手を入れ取り出した。そして迷うことなく、レオに「はい」と渡した。レオはもしかすると、晩御飯を食べていないんじゃないか、と思ったからだ。今日、僕はたまたま両親が家にいたから晩御飯を食べられたけれど、晩御飯を食べられないことを何度も体験している。お菓子やパンがあればいいけれど、食べるものが何も無い時も、いやそんな時の方が多い。

「ありがとう」

 レオは受け取った。僕は空になった袋を小さくまとめた。

「愛空のは?」レオは聞いた。

「僕は晩御飯、食べたから大丈夫」
 レオに会わなかったら三枚とも食べてはいただろうが。

「じゃあ、半分こ」
 
 レオはそう言い、小さなクッキーを器用に半分に割った。そして半分を僕に差し出した。僕はそれを受け取り二人で一緒に食べた。口の中ですぐに無くなったけれど、甘い味はさっき食べた時より長く残っていた。そしてとても幸せな気持ちになった。自分でも理由はわからない。でもとても幸せだった。

「ありがとう。僕は何も持っていないから。ごめんね、君に何もあげられない」
 レオは言った。

「いいよ、そんなの」
 本当にそう思っていた。僕は自分よりかわいそうな子に会ったのは初めてだった。

「代わりに僕がパパから教えてもらったこと、愛空に教えてあげる」

「教えてもらったこと?」
 こんな小さな子に何を教えるんだろう。

「三つの約束」
 レオはそう言って、左手の人差し指と中指、薬指三本の指を僕に見せた。

「一つ目は、楽しいことやうれしいことを探していい気分になること。そして二つ目はいい気分になったら、その時に思いついたことをやってみること。三つ目は、嫌な気分の時には行動しないこと。この三つ」

 僕より小さいとは思えないほど、しっかりした言葉づかいだった。声もはっきりした明るい声だ。

「いい気分……。いい気分なんてなれないよ」

 僕は忘れていた家のことを思い出して言った。同時に今まで家のことを忘れていた自分に驚いた。レオに会ってから、お父さんとお母さんのことをすっかり忘れていた。
 そして口に出して言ったことを後悔した。小さい子に向かって駄々をこねているようで恥ずかしかった。

「ねえ愛空、愛空の家には水道ある?」

 レオは僕の幼稚さなんて気にもしていないような口ぶりだった。

「あるよ」
 レオは何を言い出したのだろう。

「水は出る?」

「うん、出るよ」
 そんなことは当たり前だ。

「その水って飲める?」

「うん、飲めるよ」
 レオはもしかして喉が渇いているのだろうか。

「それって、すごいことなんだよ」

「えっ?」

「水道から出る水を飲めるのって、すごいことなんだよ」

 レオの言葉の意味はわからなかったけれど、レオの声を聞いているだけでなんだか楽しい気持ちになる。まるで春の歌を奏でるピアノの音みたいだ。

「水道の水を飲める国って、世界中でいくつぐらいあると思う?」

 水道の水が飲めるのは当たり前のことだ。レオの質問の意味が理解できなかった。

「世界中を探しても、ほんの少しの国だけなんだよ。世界にはたくさんの国があるけれど」

「えっ、そうなの?」

「それってすごいことだと思わない?うれしくならない?」

「うん、そう言われれば……」

 それを聞いてから、僕は水道の水を出す度にレオの話を思い出した。夏になると、学校では熱中症対策で水を家から持って行かなければならなかった。友達はみんな水筒に、氷水やスポーツドリンクを入れて持ってきていた。僕は家にある空のペットボトルに水を入れて持って行っていた。今までは恥ずかしい気持ちだったけれど、『すごい水を持って行ってるんだ!』と自慢したいぐらいの気持ちになった。


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