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友だち 3つの約束プラス1(ワン)  第9話

 おじさんの家に来ることになり、今の中学校に転校になった。初日に学校に行った時、教室の黒板の前でみんなに紹介された。
 後ろの席の二・三人の男子が僕を見ながらコソコソ話しているのが見えた。多分いじめっ子グループだろう。もしかしたら何か言われるのだろうか……。不安な気持ちになった。
 僕はその嫌な気分のまま、一番後ろの席に座り授業を受けた。休み時間になると案の定、その子達三人が僕の席にやってきた。

 そうだ、プラス1だ!でも、もしかしたら……。

『でも、もしかしたら。友達になろう、と思っているのかもしれない』      

 ちょっとだけ気持ちが楽になった。

「ねえ、小野寺くん」そのうちの一人の子が言った。

 僕は椅子に座っていたので、立っているその子の顔を見ようと視線を上げた。すると、その子の制服のシャツの上から二番目のボタンに目が止まった。半透明のボタンなのだけれど、そこに何か文字のような、模様のようなものが刻まれてあった。細くて薄い線で描かれてあるので、じっと見ないと何が描かれてあるのかわからない。僕のシャツのボタンにはそんなものは無かった。

 僕はそこに何が描かれてあるのか、とても気になった。じっと見るのだけれどはっきりしない。ボタンを縫い付ける穴の周りに、いくつかの文字か模様が並んでいた。
 アルファベットのSのような、数字の8か3のような何か。ひらがなの“く”のような、数字の7のような、カタカナのノのような何か。数字の4のような、アルファベットのAのような、三角の形のようにも見える何か。まだいくつか並んでいたが、薄くてわかりにくい。そしてその子が動く度に光が当たり、余計にわからない。

『じっとしてて!』と言いたくなるのをぐっとこらえながら、僕はボタンをじっと見つめ続けた。
 カタカナのモのような、見たことのない文字なのかもしれない何かもあった。漢字の川のようなものもある。

 その子に近づいて覗き込みたい衝動を抑えるのに必死だった。気になる、気になる、気になる。何が描かれてあるのだろう。目を凝らして見ていた。
 その子と他の二人の子が何か言っていたが、耳に入ってこなかった。それほど僕はそのボタンの模様が気になっていたのだ。

「もういいわ」

 誰かの声が聞こえたかと思うと、そのボタンがくるりとあちらを向いた。そして三人はどこかへ行ってしまった。

 いじめっ子グループだったらしいが、それ以来、僕のそばに来ることは無かった。朝礼などでそのボタンの子の隣になると、つい気になりボタンに目が行くのだが、その子は僕のことを避けるように横を向いてしまう。結局、まだそのボタンの文字は解明できていない。

 ある時、教室を移動中、僕は掲示板の前で教科書を落とした。拾いあげ、ふと掲示板に目が行った。普段、掲示板なんて見ないのに、どういうわけか目が止まった。そこには『世界の仲間と話そう』と書かれたポスターが貼ってあった。世界中のいろいろな国の小・中学生が集まる会が開かれるらしい。その参加者を募るポスターだった。

 僕は強く惹かれた。何故だかわからないが、無性にこの会に参加したいと思った。
 レオに聞いた二番目、いい気分の時に思いついたことはやってみること。今まで何度も実行してきて、別に何も無かったこともあるけれど、ラッキーなことが起きることもあった。

 今までになく強い思いだった。早速、僕は書類と作文を提出した。書類審査を通過し、面接も通過して、僕は会に参加できることになった。

 英語には少し自信があった。以前、店に外国のお客さんが来た時にうまく対応できなくて困った、とおじさん達から聞いていたので、僕は英会話を勉強していた。動画を見たり本を読んだりしながら。もし僕がいる時に外国のお客さんが来たら呼んでほしい、ということもおじさん達に伝えてあった。

 それ以来何度か、外国のお客さんが来ることがあり、慌てることなく対応できた。その人達もとても満足して帰っていかれた。

 参加が決まってから『もしかすると会でレオに会えるんじゃないか』と思っていた。僕が中二だから、レオはきっと小学生。こんなに行きたくなるのは、それが理由なのかもしれないと密かに思っていた。そう思うと、ますます楽しみになってきた。

 新幹線に乗るのは初めてだった。駅に着いてからもまた乗り換えがあり、少し緊張していた。おじさんとおばさんも「一人で大丈夫?」と心配してくれたが「大丈夫!」と僕は答えていた。こんなに楽しい気持ちになっているのだから、うまく行けるに決まっている。不思議と自信があった。

 思っていた通り、すんなり着いた。会場は大きな建物の中にあり、控室で待っていると係の人が参加者の名簿を配ってくれた。

 僕はすぐにレオの名前を探した。レオの漢字はわからなかったが、今までクラスにいたレオという名前は怜央とか礼央という漢字だった。すばやく、でも見落とさないよう目を通していった。
 
 レオの名前は無かった。僕はがっかりした。かなりのがっかりだった。

 でもすぐに気を取り直した。実際の人を見てみよう、と思い直し、控室にいる人達の顔を一人ずつ見ていった。多分、周りには怪しい人に映っていただろう。(僕はレオの顔を知らないことを後で思い出した)

 レオはいなかった。


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