見出し画像

友だち 3つの約束プラス1(ワン)  第4話 

 僕は立ち上がろうとして、やめた。履いていた靴を脱ぎ、左右の靴下を脱いだ。そして「はい、寒いから」と、その靴下をレオに差し出した。そして僕は素足に靴を履き、立ち上がった。

「ありがとう」 レオは靴下を受け取った。その声はやっぱり明るくて澄んでいた。

「じゃあね」

 僕はレオに言い、公園を出た。そして走って家に帰った。夜が更け、一層寒さが増していた。Tシャツで素足になっていたので寒かったけれど、服の中の胸の辺りだけは温かかった。

 家に帰ると、流しの上の窓から漏れる明かりは無く、真っ暗だった。鍵もかかっていた。両親は喧嘩が終わり、もう寝ているのだろう。いつも鍵が置いてあるポストから鍵を取り出し、静かに鍵を開け中に入った。

 奥の部屋からお父さんのいびきが聞こえた。両親は奥の部屋で寝ているはずだ。僕はいつも手前の部屋で布団か毛布にくるまって寝る。両親を起こさないように電気は点けない。ガラス窓から入る外の明かりで、部屋の中は薄っすら明るい。僕は隅っこに置いてある毛布を持ってきて、テーブルの下に横になった。

 体を縮めて毛布にくるまっていると、寒かった体が少しずつぬくもってきた。凍っていた足が少しずつ解けるようだった。

 ふとレオのことが頭に浮かんだ。顔の筋肉がふっと緩む。初めて会った子なのに、そんな風に思えない。ずっと前からの友達と話したみたいだった。楽しかった――。

 レオは家に帰っただろうか。

 もしかして、家に帰れないであのままあそこにいたら……。

 死んじゃう――。

 僕は毛布を外し、起き上がった。そして毛布をぎゅっと小さくまとめて持ち、靴を履き、音を立てないように家を出た。
 公園まで走った。寒さは気にならなかった。頭の中はレオのことでいっぱいだった。

 公園の入り口を走って抜け、ベンチまで行った。

 誰もいなかった。

 深夜の公園は静かで暗かった。さっきいた時よりもずっと。全ての音が消えていた。僕が帰った後、誰かが公園全体に大きな大きな幕をかぶせたにちがいない。

 レオがいなくて僕はホッとした。きっと家に帰ったのだろう。でも少しだけ寂しい気持ちにもなっていた。レオにもう一度会いたかった――。僕は毛布をそのまま家に持って帰り、その毛布にくるまって眠った。

 その日、レオの夢を見た。僕達はあの公園のあのベンチに座っていた。

「ねえ、愛空、どんな楽しいことがあった?」
 レオはあの明るい声で聞くのだ。顔ははっきり見えないけれど、声だけははっきり聞こえる。

「ええーっと……」
 僕は楽しかったこと、うれしかったことを頭の中で探した。

「地球は回っているけれど、僕は飛ばされないこと……」
 レオに教えてもらったことを話した。

「うん、うん」
 レオはうなずいていた。顔の表情は見えないが、顔が動いているのはなんとなくわかる。

「水道の水が飲める。靴を履いている……」

 僕が答えられるのは、もうこれ以上無かった。

「僕はね……」
 レオが話し出した。明るいあの声で。いろいろ話しているのだが、内容が聞き取れなかった。周りで何か大きな物音がするのだ。誰かの声や、ドアを開ける音、閉める音。

 僕は目が覚めた。

 流しの上のガラス越しに、隣の部屋の人が通り過ぎるのが見えた。会社に行くのだ。僕は毎朝、隣の人が会社に行く音で目が覚める。それから両親を起こさないように静かに顔を洗い、学校に行く。

 いつも通り学校に向かったが明らかに今日は気分が違っていた。レオに会って僕の中で何かが変わったようだ。ジャンバーを着ていないので寒かったけれど、そんなことはどうでもよかった。まわりを見回しながら道を歩いた。今朝、夢の中でレオに話せなかったことがもどかしくて、何か楽しいことやうれしいことを探したくなっていたのだ。

 いつも通る家の前の花壇に、ブロッコリーみたいなキャベツみたいな紫色の花が咲いていた。(後で図書室で調べたら葉牡丹という名前だった)おもしろい形。でもきれい。毎日通っていたけれど、全然気がついていなかった。いいものみつけた!やった!と思った。これで一つ、レオに話せる。

 レオがどこに住んでいるのかわからなかったけれど、またもう一度会える気がしていた。その時にきっと聞かれる。

「愛空、どんな楽しいこと、うれしいことあった?」と。

 空を見た。どんよりした冬の空は雲たちが速足で動いていた。風が強く吹いていたので、雲も一緒に流されていたのだ。雲って風が動かすんだ……。僕は初めて気がついた。、
 雲はいろんな色があった。灰色の雲や白い雲、黒っぽい雲もあった。大きな灰色の雲の前を、後ろからやってきた黒い小さな雲が追い越していく。大きな雲もその後を追うように動く。怖いぐらいの迫力だった。

 僕も雲になってみた。風に吹かれて、右に行ったり、左に行ったり。黒い雲を追い越すぞー。ビューンとまっすぐ進む。わーい!風に押されてどんどん進む!他の子を追い越して、進む、進む。

 あっという間に学校に着いた。

 

 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?