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友だち 3つの約束プラス1(ワン)  第1話

 僕は家を飛び出した。お父さんとお母さんが喧嘩を始めたからだ。言い合いが激しくなると僕も怒鳴られるし、機嫌が悪い時は蹴られたりする時もある。床に置いてあったジャンバーとテーブルにあったクッキーを持ち、素早く静かに外へ出た。

 外には誰もいなかった。お父さんとお母さんの怒鳴り合う声は外まで聞こえていたが、誰も聞く人はいなかった。

 僕はジャンバーのファスナーを上まで上げ、クッキーの袋をポケットに入れた。そして両手もそのままポケットに入れて歩いた。シューシューという音を鳴らして北風が僕の顔に向けて吹いてきた。落ち葉も一緒にやって来ては僕の足にぶつかって、また後ろへ飛んで行った。
 通り道の店の電光掲示板が、1月21日23時29分と青色の光を放っていた。

 公園にやって来た。家から十分ぐらいの距離で、いつも来る公園だ。昼間は小さな子どもたちが遊んでいるが、夜の公園は誰もいなくて静かだ。プールの底に潜ったみたいに、音の無い音が響いている。僕がここに引っ越してきたのは一年ぐらい前だけれど、放課後は学校の運動場で遊ぶから、ここで遊んだことはない。

 所々、照明がありそこだけは黄色く照らされていた。それを一つずつたどるように歩いて行くと、いつも座るベンチがある。そこでしばらく座って時間を潰すつもりだ。

 先客がいた。こんなことは初めてだった。

 ベンチの後ろに木があって、それが影になり顔ははっきり見えない。子どものようだ。僕よりも小さい子に見えた。
 他のベンチに行こうかとも思ったが、他のベンチは灯りが当たっていなくて暗く、薄気味悪い。

「ねえ、座っていい?」

 自分より大きい子だったら、きっと話しかけることはできなかったと思う。でも自分より小さい子だったから何となく気楽に声を掛けられた。それにこんな時間に一人でいるなんて、訳ありの子だろう。それも僕の気持ちを楽にさせていた。

 その子は何も答えなかった。その子はベンチの真ん中に座っていなかったので、ちょうど一人分の座るスペースはあった。僕はそのままその子の左隣に座った。
 その時にその子の全体が見えた。その子は半袖のTシャツに半ズボンを履いていた。びっくりした。同時にとてもかわいそうに思った。真冬にこんな格好で、こんな時間に公園にいるなんて、きっと親からひどい扱いを受けているに違いない。この格好からすると、もしかすると僕よりもずっとつらい思いをしているのかもしれない。

「寒くないの?」

 僕は聞いた。寒いに決まっているが……。
 その子は少しうつむいたままで何も答えなかった。暗くて顔の表情はわからない。

「これ、着たら?」

 とっさに僕は自分のジャンバーを脱いで、その子に差し出した。ジャンバーの下は長袖のTシャツだったから、ジャンバーを脱ぐとかなり寒さがこたえた。でも半袖のこの子よりはきっとマシだろう。

「えっ?」

 という小さな声を出して、その子は僕の方に顔を向けた。

「これ、着たら?」

 少し強引に僕はジャンバーをその子の胸元に押し付けた。

「ありがとう」

 その子はジャンバーを受け取り、袖を通した。そしてファスナーを上まで上げた。僕には少し小さくなっていた服だけれど、その子が着るとピッタリだった。ジャンバーは黒色だったのでますますその子が暗くなっていった。

「僕、レオっていうんだ。君は?」その子が言った。

 僕はびっくりした。ジャンバーは貸してあげたけれど、話をするつもりはなかったからだ。姿は暗かったけれど、声はそれほど暗くなかった。

「愛空(アイク)。本当のお父さんがつけてくれたんだ。空が好きだったから」

 名前の由来を初めて会った子に話している自分に驚きながら、でも何故かうれしい気持ちになっていた。きっとお父さんのことを一瞬思い出したからだろう。

 お父さんは僕が四歳の時に亡くなった。それからはおじいちゃんと一緒に住んでいた。(名前の由来はおじいちゃんから聞いた)でもおじいちゃんが施設に入ることになり、一年生になる時にお母さんに引き取られた。お母さんは今のお父さんと結婚していて、それから今のアパートに住んでいる。

「いい名前だね」

 その子はそれだけ言った。僕はうれしかった。そして今度はレオという名前の由来を話し出すのを待った。が、何も言わなかった。そんな話を聞いたことがないのかもしれない。
 僕はポケットにクッキーを入れてきたことを思い出した。

「ポケットにクッキーが入っているんだ。一緒に食べよう」
 
 


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