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友だち 3つの約束プラス1(ワン)  第8話

「あのね、明日からご飯が食べられる所ってあるかな?」

 言葉が勝手に出た。びっくりしたけれど、春木先生なら大丈夫かもしれない。

「えっ、小野寺君、どういうこと?」

 春木先生は驚いた様子で僕を見た。あまり詳しい話をすると嫌な気持ちになるので黙っていた。
 
 僕がそれ以上何も言わないことを春木先生はどう理解したのかわからないが、「わかった。とりあえず、教室に入ってて」と言った。そしていつもよりもっと優しい口調で「心配しなくて大丈夫だからね」と言った。

 それからは、めまぐるしく状況が変わった。結局、僕はもう家には帰らなかった。児童相談所を経て、施設に行くことになった。

 春木先生は一年の担任をしている時から、僕の両親の育児放棄、虐待を疑っていたらしい。でも確たる証拠が無いのに、教師が家庭に介入することはできない。「一度何となくお母さんにほのめかしたら、ひどく怒られた」らしく、もうそれ以上は何もできずに、もどかしい思いをしていた、と放課後に保健室で待っている時に教えてくれた。

 学校が変わって友達と離れるのは少し寂しかった。でもそれより一番気になったのは、レオと出会ったあの公園が遠くなることだった。電車に乗れば行けるのだが。

 あれ以来レオには会えていない。レオはきっと家が居心地のいい場所になったのだろう。それならその方がいい。

 レオにはいつかきっと会える。僕はそう信じていた。そう信じていたから、その後もずっと幸せ探し(いつの頃か、楽しいことうれしいこと探しを、幸せ探しという名前に変えた)をやめなかった。

 それからの日常は、もちろん楽しいことやうれしいことばかりではなかった。施設でも、転校した小学校でも嫌なことはあった。でもレオに教えてもらった『3つの約束プラス1』があれば大丈夫だった。しかも僕のまわりでは不思議と楽しいことがいっぱい起こった。

 中学一年の時に里親の元に預けられた。佐藤さん夫婦だ。その後、そのまま養子にしてもらうのだが、僕は二人を「お父さん」「お母さん」と呼べなかった。二回目のお父さんで凝りていたので、その呼び方をすると思い出してしまう。嫌な気分になるのだ。
 僕は佐藤さん夫婦に正直に話した。二人は笑いながら「そんなことはどうでもいいのよ」と言ってくれた。そうなのだ、とてもいい人達なのだ。

 僕は「おじさん」「おばさん」と呼んでいた。おじさんとおばさんは中華料理屋を経営していた。おじさんが料理を作り、おばさんがお客さんに料理を運んだ。店は商店街の中にあり、お昼は近所の人達や会社員、夜は会社帰りの人達で繁盛していた。

「うちは忙しいから、あんまりかまってあげられないけど、ご飯だけはお腹いっぱい食べさせてあげられるからね」

 家に着いた時にそう言ってもらった通り、本当にお腹いっぱいのご飯が食べられた。店の二階に住む所があって、朝は家でおばさんが、夜は店がある時は、おじさんが店で作ってくれた料理を二階で食べた。おばさんの作る卵焼きは甘くて、おじさんの作る卵焼きは餡がかかっていた。僕はどっちも好きだった。他の料理もどれも全部美味しかった。

 いつも店が混んでいるのは、きっとおじさんの料理が美味しいからだろう、とわかっていた。一階の料理の匂いは階段を上がり、二階の部屋まで届く。二階にいると美味しい匂いに囲まれる。宿題をしている時も美味しい匂いの中で宿題ができるのだ。なんてなんて幸せなんだろう!

 今なら、レオに話すことがいっぱいある。楽しいことやうれしいことをみつけるたびに、あれもこれも話したくなる。毎晩寝る前に、一日の楽しかったことを思い出すことはずっと続けていた。明日、レオに会ってもすぐに話せるように。


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