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友だち 3つの約束プラス1(ワン)  第10話(最終話)

 会が始まり、一人ずつ自己紹介を兼ねた簡単なスピーチをした。もちろん英語で話す。僕は名前を言った後、友達の話をします、とレオに聞いた『3つの約束プラス1』の話をした。それを実践したおかげでたくさんの幸せが訪れ、その友達にとても感謝している、と。

 スピーチが終わり、交流会が始まり、それぞれが英語で会話を楽しんでいた。時間が経った頃、僕のそばに背の高い中年の男性が近づいてきた。

「さっき君が話していた友達のことをもう少し詳しく教えてくれないか?」

 白人の男性から流暢な日本語で言われたので驚いた。当然、英語で話しかけられると思っていたのだ。

 僕はレオの話を詳しく話した。夜遅く公園で出会ったことや、名前はレオということ、冬なのに半袖、半ズボンを着ていたこと、『三つの約束プラス1』を教えてくれたことなど。

「その時、そのレオンは日本語を喋っていたの?」

「はい」

「じゃあ、僕の探しているレオンとは違うようだね……」
 その男性はがっかりしたような様子だった。

「レオンという人を探しているんですか?」

「僕の息子がレオンという名前でね……」ヒューゴさんは話し出した。

「今から十四年前、僕達家族はバカンスで一週間、日本に来ていたんだ。その頃レオンは五歳。レオンは日本に来たのは初めてで、日本語は話せない。最終日の朝、家族で別荘の辺りを散歩していた時、レオンは突然いなくなったんだ……」

 少し間があった。

「もちろん帰国を遅らせて探したよ。警察も村の人達もたくさんで探したけれど、みつからなかった。何日も何日も本当に大勢の人達が探してくれたんだけれどね――。僕は母国で事業をしていたので一端帰国はしたものの、何度も日本にやってきた。あらゆる手段を使ったよ。霊的な人にも見てもらったり、いろいろなルートで探してみた。それでもレオンはみつからなかった。みんな不思議がっていたよ。存在が消える、そんなことはありえない、と声を揃えて言われたよ」

 僕は何と言っていいのかわからず、黙って聞いていた。

 それでもヒューゴさんはあきらめきれず、会社を人に譲り、日本に住むようになったのだそうだ。今は子どもたちの支援の活動をしているらしい。今日の会もその一つだと話した。
 いつでもレオンくんが帰って来てもいいように、今はその別荘に住んでいるらしい。

「さっき、君が友達から聞いたと言っていた『3つの約束』は僕がレオンに小さい頃から話して聞かせていたことなんだよ」

「レオは言ってました。パパから聞いたことだって」
 レオに会ったのはもう八年前になるが、昨日のことのようにはっきり覚えている。

「冬だったのに、レオは半袖、半ズボンで素足だったんです。寒そうだったので、僕のジャンバーと靴下を貸してあげたんです。そのお礼に、ってレオはパパから聞いた『3つの約束』を教えてくれたんです。『プラス1』は今、僕が考えた、って言ってました」

 ヒューゴさんの話だと、レオンくんがいなくなったのは十四年前。その時にレオンくんは五歳。ということは、レオンくんは僕より年上だ。僕が会ったレオはどう見ても、年上の子には見えなかった。

「違う人のようだけれど、念のため写真を見てもらえるかな?」

 ヒューゴさんの提案に僕はすぐにはうなずけなかった。何故なら、僕はレオの顔を見ていないのだ。
 
 ヒューゴさんはレオンくんの写真を見せた。
 にっこり笑う金髪のかわいい少年だった。でも僕はその顔を見たことがなかった。

 少年は水色のTシャツを着ていた。サングラスをかけたイルカが真ん中に描かれてあった。

 見覚えがあった。

「このTシャツ、知っています。レオが着ていた……」
 僕はその写真のTシャツ部分を指差し言った。

「レオの顔は暗くて見えなかったんです。でも、このTシャツは見えました」

 ヒューゴさんは眉間に皺を寄せた。『不可解なことだ』そう言いたいのだろう。僕も同じ気持ちだ。

「あっ、レオの左足の膝にケガの跡がありました。大きな犬に追いかけられて、その時にケガをした、って言ってました」

「レオンだ……」
 ヒューゴさんは小さい声でつぶやくように言った。そしてそれっきり何も言わなくなった。

 僕が出会ったのは、ヒューゴさんの子どものレオンくんなのかもしれない。そう思うようになっていた。ヒューゴさんもそう思っているのかもしれない。でも……。

「でも、レオは幽霊じゃありません」僕は言った。

「僕が持ってきたクッキーを一緒に食べました。残りの一個はレオが半分に割って、半分ずつ食べて…….。ちゃんと口も手もあったんですよ」
 僕は少し意地になって言った。レオは本当の人間だった。

 しばらくヒューゴさんは何も言わなかった。僕も言葉を失っていた。

「もしかしたら君が出会った少年は、レオンなのかもしれないね」
 ヒューゴさんはゆっくりと言った。

「そうですね……」
 僕もそうかもしれないと思っていた。

「君はレオンにジャンバーと靴下を貸してくれたんだね。ありがとう」

「いいえ……」

「クッキーもくれたんだね……。ありがとう」

「いいえ……」
 
 僕はしばらく考えて、あることを思いついた。

「レオはもしかしたら――。あの頃の僕のように、毎日の生活がしんどくて夢を無くしている子どものそばに来るのかもしれない――」

 ヒューゴさんは黙ってうなずいた。

「それで『3つの約束プラス1』を教えてくれるのかもしれない」

 ヒューゴさんはゆっくり何度もうなずいた。

「僕は昨年、大きな病気で入院をしてね――。気が滅入っちゃって、このまま死んでもいいかな、なんて思うようになっていたんだ」
 そう言ってヒューゴさんは遠くを見た。

「死んだらレオンに会えるかな……、なんて思ったりしてたけど。どうやらレオンは天国にはいないようだな――」
 ヒューゴさんは小さく微笑んだ。そして目には涙があふれてきた。

「もう少し、この世で生きていこうかな。もしかするとレオンに会えるかもしれないものね」
 涙があふれ、ヒューゴさんの頬いっぱいを濡らした。

「僕もレオに会えると信じています」
 きっぱりと言った。

「いっぱい話したいことがあるし、いっぱいお礼も言いたいし――」
 僕は続ける。

「でもきっと僕はレオに会ったら最初にこう言うと思います」

 ヒューゴさんは興味深そうに目を開いて僕を見た。

「ジャンバーと靴下返して、って」ニッと、僕は笑った。

 ヒューゴさんは口を大きく開け笑顔になった。少しだけ頬の涙が乾いていた。

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