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友だち 3つの約束プラス1(ワン)  第7話

 ある日、コンビニにおにぎりを買いに行きレジで並んでいた。いつものようにおにぎりを二個持って。僕の前にはおじさんが待っていた。そのおじさんは、ちらりと僕を見て、

「ぼく、晩御飯それだけか?」と言った。

 僕はうなずいた。おじさんがお金を払う番になり、おじさんはレジの横のガラスケースを指差して注文していた。そしてレジの横のケースからお茶も取り出した。

「ぼく、今日はおっちゃんのおごりや。これも一緒に食べやー」

 と僕の方を向いていった。レジ台には唐揚げとコロッケとフランクフルトとお茶が二本置いてあった。そしておにぎりの分のお金も一緒におじさんが払ってくれた。それらが入った袋をおじさんが「はい」と事もなげに僕にくれた。

 僕はびっくりしながら「ありがとうございます」と言った。でも少し気になっておじさんに聞いた。

「おじさん、お金無くなってないですか……。」

「えっ?」

 僕がレジ台を見ているのに気づいたおじさんは笑いながら言った。

「ほんまやな、おじさん、水しか買うてへんもんなー」

 おじさんは水しか買えないのに……。

「ハハハ、心配せんでもええよ。おじさん、いっぱいお金持ってるから」

 と、おかしそうに笑って「バイバイ」と僕に手を振った。僕も小さくバイバイと手を振り、コンビニを出た。

 僕は駆けだした。もちろん公園に向かって。

 『レオ、一緒に食べよう!』

 公園のベンチに座って、おじさんがくれた袋を太ももの上に置いてレオを待っていた。たくさんの美味しそうな食べ物。僕はワクワクしていた。
 何よりうれしかったのは、おじさんがレオの分のお茶も買ってくれたことだった。

 レオは来なかった。

 外は寒かったけれど、おじさんが買ってくれた温かいお茶のおかげで、僕の太ももは温かかった。

 
 今日は三学期の終業式だ。明日から春休みになる。
  
 僕は一週間ぐらい前から嫌な気分になっていた。春休みや夏休みの長期の休みは給食が食べられないので、一日中何も食べられない日が続くのだ。お母さんが置いていったお金はもう無くなっていた。
 レオに聞いた三つの約束の三つ目。嫌な気分の時は行動しないこと。だから僕はそのことについて考えないようにしていた。そしていつものように楽しいこと、うれしいことを探した。

 ある時『春休みのことを先生に聞いてみよう』という考えが浮かんだ。でも担任の矢野先生の顔を思い出すとためらってしまった。矢野先生は機嫌が悪い時が多く、ちょっと話づらい。朝から機嫌が悪い時は、教室に入ってきてすぐの「おはよう」も下を向いたままぶっきらぼうに言うのだ。すると教室の雰囲気がピンと張りつめる。今日は先生の機嫌を損なわないように、とみんなが何となく感じるのだ。だから春休みのことを先生に話す、という思いつきは実行しないままだった。

 学校に向かいながら、だんだん憂鬱になってきた。明日から春休み、でも矢野先生には話づらい。どうしよう……。

 こんな時はレオに聞いたプラス1。『でも、もしかしたら』と考える。

 でも、もしかしたら……。

 そう考えながら歩いていると、小さい頃読んだ童話を思い出した。
 もしかしたら、明日の朝、僕の家の前に、かさ地蔵が食べ物を置いてくれているかもしれない。

 そう思うと心がワクっとした。何を置いてくれているだろう。やっぱり米俵かな……。ラーメンがいいな。唐揚げも食べたいな。ジュースも欲しいな。頭の中が美味しい食べ物でいっぱいになり、スキップしたい気分だった。五歩ぐらい歩いて、ふと気がついた。

 僕はお地蔵さまにかさをかぶせていない――。通学途中にお地蔵さまがあるのは知っていたけれど、いつも通り過ぎていた。

 ということは、無理だ。かさ地蔵は来ない――。

 でも、もしかしたら。僕は何度でも考える。

 もしかしたら、お地蔵さまが誰かの家と間違えて、僕の家に置いていくかもしれない。

 僕の気持ちは再びワクっとした。

 また、五歩ぐらい歩いて、思った。
 でも、それって泥棒じゃない?誰か親切な人がお地蔵さまにかさをかぶせたのに、その人の物を取るなんて……。ダメだ――。

 でも、もしかしたら……。また考えるけれど思いつかない。

 僕は歩きながら空を見た。薄い青色の空に、紙のような平べったい雲が浮かんでいた。いろいろな雲があるんだなー。空はいつも僕の心を楽しくさせる。

 でも、もしかしたら。ふっと、思い浮かんだ。

 でも、もしかしたら、明日からの春休みが無くなるかもしれない。そしたらいつも通り学校に行って、給食を食べられる。

 僕はワクっとした心を取り戻した。

 そのまま歩いて行くと、校門に春木先生が立っているのが見えた。ますますうれしい気持ちになった。

「おはよう」春木先生が言った。

「おはようございます」
 僕は言った。いつもならそのまま通り過ぎるけれど、僕は春木先生の横に立ち止まった。そして言った。

 「あのね、明日からご飯が食べられる所ってあるかな?」

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