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認知症の母がホームに入るまで②~免許返納させるには

それから一年位は何事もなく過ぎた。母は気が向くとわたしの家にやって来て、たわいもない話をして帰りたくなると帰っていく。多少物忘れをするようになり、同じことを何度も聞くことが増えた。ただ日常生活に差し障りがあるわけではなく、年のせいかなとわたしは軽く考えていた。

その頃のわたしの気がかりは母の車の運転の事だった。母は戦前生まれの女性には珍しく、20代の頃から車を運転していた。
「嫌なことがあっても運転してると忘れられる」
と母はよく言っており、運転しない日は1日たりとも無かった。しかも実家はかなり田舎で、最寄りのスーパーまで数キロはあり、バスを使うにしても数時間に1本しか無いのである。車が無いとかなり不便になるから、車を手放させるのは一苦労だと覚悟していた。

そんな時母が自宅の塀に車をぶつけた。事情を聞くと母の完全な不注意である。わたしは、
「もう運転やめるほうがいいんじゃない?事故起こしてからじゃ遅いよ」
とそれから母に何度も言った。母は聞こえない振りをすることもあれば、うるさそうに、そのうちやめるから言うなと言うこともあり、この問題を真正面から考えようとはしていない様子だった。

そんなある日母から電話があった。母は珍しく弱々しい声で言った。
「また車ぶつけちゃってね。今度はガードレールに。けがはなくて良かったんだけど。修理屋さんに持って言ったら、もう車乗るのやめたらどうかね、こんなに短い期間に2回もぶつけるのはおかしいよって言われちゃってね…」

わたしはこのチャンスを逃すまいと勢い込んで言った。
「絶対もう止めるほうがいいよ!最近高齢者の事故のニュースもよく見るし。事故にあってからじゃ遅いから。修理屋さんは専門家なんだからそういう話も良く聞くんだと思う。言うこと聞くほうがいいよ!」
母は
「そうだね、わかった」
と寂しそうに言った。そしてすぐに自分で警察に行って免許を返納したのだった。


母はいくつになっても自分は親なんだからという意識が強く、わたしが結婚してからも支配的にあれこれ指図した。そしてわたしの忠告は、子供が何言ってるんだかという感じで一切聞く耳を持たなかった。だから運転も止めさせるのはひとすじ縄ではいかないだろうと思ってたが、修理屋さんの一言で救われた。子供の言うことより第三者が言うことの方が素直に聞けるのだろう。

この修理屋さんはもう十年来の付き合いで、母がとても信頼している人物である。信頼関係があってこそのことで、誰にでも当てはまることではないのかもしれない。だが免許返納を身内が促しても聞き入れない場合は、第三者に説得をお願いすることもひとつの手ではないか、と感じるできごとであった。

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