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デリバリールームを読んで欲しい!

今回紹介する作品は、西尾維新の「デリバリールーム」だ。簡単なあらすじと、どのような点に注目して読んでもらいたいかをここで紹介する。

中学生で身ごもった少女、宮子は甘藍社が主催しているイベント「デリバリールーム」の招待状を受け取る。招待状には、参加すると『幸せで安全な出産』が保証されると記載されていた。小説家で、別居中の父親、佐助から、半ば脅し取るようにして参加費50万円を手に入れデリバリールームへ向かうと、そこには様々な妊婦が集められていた。この後宮子は四人の妊婦(それぞれ咲井・妻壁・嫁入・母屋)と身の上話をしながら、甘藍社の指示に従って妊娠や出産にまつわるいくつかのゲームをしていく。

この作品は、西尾維新作品では他に例がないことは無いものの、途中で語り手が変わるという、やや珍しい構成となっている。この作品の最初の語り手は佐助だが、その後語り手が宮子に移り、最後にもう一度佐助に戻る。西尾維新作品の特徴の一つに、比較的常識的な感覚を持つ語り手と、エキセントリックな他の登場人物という形で対比を際立たせるというものがある。例としては、掟上今日子シリーズの隠館厄介と掟上今日子、美少年シリーズにおける瞳島眉美と他の探偵団メンバーなどが挙げられる。

この作品の面白い所の一つは、途中で語り手が変わるにもかかわらず、この対比の部分がよく分かるという点だ。佐助が語り手のパートでは、宮子は終始めちゃくちゃな言動をし、事あるごとに佐助に「お金ちょうだい」と言い放つ。一方で宮子が語り手の場面では、基本的に冷静なキャラクターとして描かれており、突飛な発言も少ない。ただの破綻した描き方にも見えるが、実際に読んでみるとそこで突っかかりを覚えることはなかった。その理由として考えられるのは、宮子が語り手のパートの中で、始めと終わりの部分で非常に強引な手段を用いて問題を解決している事だ。突飛な言動の宮子から少し落ち着いた宮子の間にこうしたワンクッション置いていることで、このキャラクターは非常に捉えやすいものとなっているのだ。

また、本作は妊娠・出産という重大なテーマを重たくしすぎず、かと言って軽んずることもなく、『エンタメ』として描かれているのもとても面白い点だ。テーマが重大なものであればあるほど、その設定があまりにセンシティブであるため、ともすれば説教臭くなってしまったり、逆にそうなるまいとして不謹慎とまで言えるほどにテーマを軽く扱ってしまう作品は多い。そのような作品は読んでいてあまり面白くなかったり、不快感を伴うこともあるが、この作品はそうしたバランスが非常に巧みで、ある程度言葉遊びなどを用いて雰囲気を軽くしつつも、テーマそのものからは目を背けず真っ向から対峙している。だから、エンターテインメント小説としてとても面白い。

小説は図鑑や技術書といった他の書籍とは異なり、種類が「エンタメ」であるか「芸術」であるかの方向性の違いはあるが、娯楽のためのものだ。高校までの教員が読書を勧める大きな理由の一つが語彙力や漢字の読み書きを伸ばすためであったが、大学生ともなればその為に読書する必要は薄くなる。だから、もっとシンプルに面白いと思う本を紹介しようと思い、この本を選んだ。

西尾維新の代表作と言えば「物語」や「掟上今日子」といったシリーズ作品の知名度が比較的高く、読みやすいものとなっている。
しかし、この作品を含めた単巻作品も、クセは強いが面白いものが揃っているため、是非とも読んでいただきたい。


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