DOSについて。

田中がひとつめの記事を投稿したのがおよそ20日前。
他の2人に「投稿するよ」とも「投稿したよ」ともなにも連絡無くひっそりと載せられていたその文章は、当初彼が「こんなこと書きたいんだ〜」と語っていた内容とはかなり違うもので、師走に向かって忙しくなりつつある私の気持ちをかなり和やかにした。

角田山田中丸のnoteである以上、2回目の投稿は別の人がよかろう、という考えに至り、今夜やろうと思っていたことが諸事情により遂行できなくなったので、ふと思い立って取り留めもなく言葉を紡いでいる。

筆を取った衝動はそんなものなので、今回はのんびりと「角田山田中丸のアイコンがなぜこのアイコンなのか」について書こうと思う。

UNOというカードゲームをご存知だろうか。
DOSとは、その弟分的なゲームである。
ちなみに、ウノというのはイタリア語で数字の1のこと。ドスが2。以下、トレス、クワトロ、スィンコ、セイス……と続くらしい。

私はUNOというゲームしか知らなかったのだけど、なぜか田中がUNOもDOSも持っていて、最近3人で集まるたびにDOSに興じているのである。

UNOが、あがった人から単純に勝ち抜けしていくのに対し、DOSはちょっとややこしい。
勝ち負けは独自の点数加算システムによって決められ、決着がつくまで10回以上、時には20回以上もゲームを繰り返すことになる。
つまり、始めたらなかなかやめられないゲームなのである。

大人になって、なにかのゲームにこんなにハマるとは思っていなかった。
ゲームが楽しいのか、この3人でワイワイ集まるのが楽しいのか、どっちがメインなのかはちょっとわからない。
まぁでも、どっちでもいいかなと思っている。どっちも一緒かな、とも思っている。

二十代初期までの成長を共にした友だちや仲間以外で、過剰な気遣いや常識にとらわれず、こんなにも"のびのびだらだらした時間を共に過ごせる友だち"に関係が発展するのはなかなか珍しいことなのではないかな、と思っている。

DOSについて書くつもりが、最後には友愛の話になってしまった。
ちなみに、noteやろうと言い出したのは田中。光の速さでアカウントを作り、アイコンをDOSにしたのは丸山。
田中は酔うと過剰に饒舌になる。丸山は静かに観察しながら絶妙なタイミングでとんちを効かせる。なかなかおもしろい2人である。

そんなこんなな、角田山田中丸。
今後ともよろしくお願いいたします。

角田萌果(青年座)の駄文。お付き合いありがとうございました。

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