死ぬまでにつくりたい100の本と埋名著=my名著 Epi.9 中堅出版社の生き残りをかけた闘い 次の一手を模索する編集者たちへの愛しき思い
昭文社のイメージカラーから脱却するため悪戦苦闘した日々
定年1年前にKADOKAWAを退職したのは、昭文社のS社長に移籍を打診されたからでした。S社長に「昭文社を普通の出版社にしたい」と言われ、不完全燃焼のまま燻り続けていたのが、ふたたび燃えさかるような昂ぶりを覚えました。
地図や旅行ガイドブックの老舗として数多くのブランドを持つ昭文社は、紙媒体への依存から抜けきれず、情報源としての存在価値をインターネットに奪われ、電子書籍など自らのウェブ戦略にも出遅れ、ご多分にもれず他の中堅出版社同様、赤字体質に陥っていました。
起死回生を担って就任したS社長は、巻き返しを図るべく、新しい編集部を立ち上げ、それまでのカラーとは異なる出版物を私に託しました。昭文社に在籍した4年間で、既存の編集部の協力も得ながら、100冊前後の本を手がけました。
鉱脈を求めしのぎを削るライバルたちの編集方針を研究
KADOKAWAで禄を食んでた時代はほぼ雑誌畑だったこともあり、昭文社入社当初はムックを企画・編集しながら、昭文社と同規模の版元の人気実用書を徹底分析しました。日本文芸社の『眠れなくなるほど面白い○○の話』シリーズをはじめ、エクスナレッジ『○○の解剖図鑑』シリーズ、洋泉社『地図で楽しむすごい○○』シリーズ、三才ブックス『世界でいちばん素敵な○○の教室』シリーズ、パイインターナショナル『世界の○○』シリーズ、幻冬舎『知識ゼロからの○○』シリーズetc.etc.
各社のシリーズものを調べていくうちに、あるタイトルが売れると、鉱脈を発見したとばかり、同じ傾向のテーマへシフトし、それが落ち着くとまた新たな方向性を模索する様子がわかり、「なるほど!次はこうきたか」と会ったこともない編集者たちの思考経路に触れ、親近感がわきました。
たとえば『眠れなくなるほど面白い○○の話』シリーズ。スタートは2013年1月刊行の『眠れなくなるほど面白い武器と防具の話』でした。同年7月刊行の3冊目『~ヤバい心理学』が、推定ですが40万部近く売れ大ブレークします。2016年6月刊行『~図解物理の話』推定実売15万部強、2018年4月刊行『~図解微分積分』推定実売15万部弱、同年5月『図解数学の定理』推定実売9万部強とヒットを飛ばします。
シリーズ全体を概観すると、自然科学分野をわかりやすく解説するというコンセプトのようです。人文科学系でも『~図解古事記』(2018年6月、推定実売2万5000部弱)のヒットがありますが、「論語」や「聖書」「仏教」「三国志」といった文系はそれほど部数が伸びず、やはり理数系に強みがあります。
理数系でも特に健康や食生活に関連するものに鉱脈を見出した感じがしました。『~図解糖質の話』(2018年12月、推定実売14万部強)、『~図解たんぱく質の話』(2019年11月、推定実売6万部弱)、『~図解自律神経の話』(2020年3月、推定実売11万部強)とピークを迎え、この後は「脂質」「肝臓」「睡眠」を取り上げるのですが、思ったほど振るわなかったように見受けました。
健康系の比較的直近では、『~図解免疫力の話』(2020年10月)、『~図解内臓脂肪の話』(2021年3月)の2冊が、推定実売1万6000部前後と検討しています。もちろん本が売れなくなった現在では、1万部以上の実売自体すごい数字です。2018年12冊、2019年16冊、2020年20冊と点数を増やしながら、部数は下降しつつもコンスタントに出し続けており、私のリサーチは2021年8月刊行の『~図解ハンター生物の話』まで64冊で終わります。
繰り返しますが、実売は推定であることをお断りしておきます。某大手書店チェーンの出入庫データを基に、全国規模に敷衍して類推した数字のため、すべての流通を通してどれだけ売れたかはわかりません。あくまで自分が企画立案するとき指針にするベンチマークなので、正確な実売数とは乖離しているかもしれません。
企画売り込みをしながら出版不況の現実を肌身で実感
日本の出版社は、雑誌など出版物の知名度で社名が広く知れ渡っていても、大半が中小規模です。年々業界の縮小が話題になりますが、優良コンテンツを持つ版元や編集プロダクションは、ITなど躍進著しい企業に買収され事業継続するのが、2000年代に入ってからの傾向です。先述の日本文芸社も、大手広告代理店やRIZAPグループを経て、現在は電子書籍取次の最大手メディアドゥの傘下にあります。
帝国データバンクが発表した『「出版社」の倒産・休廃業解散動向』(2024年1月~8月)によると、2023 年度における出版社の業績は「赤字」が 36.2%を占め、過去 20 年で最大となり、減益を含めた業績悪化の出版社は 6 割を超えたそうです。
昨年(2023年)からフリーランスになり、数多くの出版社へ企画を持ち込みました。まずメールでアプローチするのですが、ほとんどがなしのつぶてのなか、きちんと返信をいただけても、一様に「厳しい出版不況のためご希望に応えることができない」という返答ばかりでした。なかには企画した本に対して、「とても素晴らしい内容と名の知れた著者ですが、弊社では売る自信のない分野です」と社交辞令かもしれませんが、こちらを気遣ってくれる断り方もありました。
この5年間、様々な版元の実情を見聞きしてきました。まだ見ぬライバルたちが、その版元の社員なのか、それとも制作を請け負っている編集プロダクションの編集者なのかはわかりません。ただ出版不況が続き、かつての潤沢な制作資金を望むべくもないいま、知恵を絞り現状を打開しようと奮戦する姿が、たまらなく愛おしく、同志のように思えてくるのです。
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