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滅ぼし合え

1997年8月23日(土)
乾いた土地を走る列車。
海の女の赤子が、乾いた陸の女に預けられた。乾いた陸の女は盗賊で、自分の赤子を預けた海の女はそれを知らない。預けたわけは、たぶん海の女は忙しくて赤子に乳をやるひまがないから。
ぼさぼさ髪のいかつい知らない女に抱かされて、赤子は嫌だと背を反らす。

わたしは、こんな女のおっぱいを吸うのは嫌だと思いながら、一方でとてもおっぱいが恋しく、盗賊の胸を見てみたかった。
赤子を抱いた盗賊は、わたしに見えないようにうまく右側の胸をはだけた。
わたしは赤子に、よかったね、と心の中で言った。
何がよいのだろう。
死なないことか。
たとえ嫌でも乳をのめれば、いのちはつなげる。
心からよかったとは思っていない。よかったと思いたいのだ。

盗賊の女が赤子を盗むつもりなのがわかった──秘かに列車を降りていったのだ。

赤子を盗んだ女が乾いた陸の土の館に帰りついた。
同じころ、いなくなった赤子を探しあぐねて疲れた海の女が、激しく照りつける日射しを避け、粗末な店で休んでいた。赤子を盗んだ女もこの店で休んだのだったが、海の女は知るよしもなく嘆いていた。

「どこに行ってたんだい? おまえ」
赤子を盗んで戻った女をわざとらしい上機嫌で男が迎えた。女の夫だ。この男は女がそばにいないと不安で仕方ないのだ。だからといって女を大切にはしていない。
「なんだい? それは」
盗賊の女は「赤ん坊だ」と答えてから、これから起こるだろうことを語った。
赤子の母親は海賊だった。海の強奪者集団は赤子を取り返すための戦いを陸の強奪者集団に挑んでくるだろうと。
聞かされた男は怒り、女を殴った。
「くそっ! おまえなんかのために俺たちまで危険に曝されてたまるかっ! こんな餓鬼っ!」
乾いた陸の盗賊の女は黙って考えていた。
強奪者たちが互いに滅ぼし合って消えればよいのだ、と。

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