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365日のわたしたち。

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365日。 自分にとってなんでもない1日も、 誰かにとっては、特別な1日だったりする。 反対に、 自分にとって特別な1日は、 誰かにとってどうでもいい1日だったりする。 い…
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#毎日連載

【365日のわたしたち。】 2022年5月22日(日)

夕方のベランダは、心地よくて物悲しい。 もうすぐ夜が来るというその終わりの感じが、その印象を与えているのかもしれない。 向かいのベランダでも、おばさんが洗濯物を取り込んでいて、 もう今日も終わりにしようか、と幕を下ろされているような気分になる。 ふと空を見上げる。 オレンジと薄青色が綺麗なグラデーションを作り上げている。 かと思うと、空は徐々にピンク色に変わってきたようだ。 美しいなぁ。 人間は自分達で美しいものを作り出そうと躍起になっているけれど、 もうそん

【365日のわたしたち。】 2022年5月20日(金)

さっきから、何もしていない。 パソコンを開いて、温かい飲み物を横に置き、準備は万端なはずなのに。 頭に何も浮かんでこないのだ。 物書きをしていると、時々このようなことが起こる。 いつもは、パソコンの前に座った瞬間、頭の中で登場人物が勝手に動き出す。 俺はその人物の行動をなぞって文章に落とし込んでいく。 俺の仕事は、そういう仕事。 しかし、今日は全く何も起こらない。 頭の中の登場人物が動かないのではない。 頭の中に登場人物さえも浮かばないのだ。 何も生み出さ

【365日のわたしたち。】 2022年5月18日(水)

もう18時を過ぎても、まだ明るい季節になった。 あなたとの帰り道を思い出す。 まだ大丈夫、まだ大丈夫と思いながら、徐々に暗くなる空に追い詰められていく。 「もうそろそろ帰ろっか」 この言葉をお互いに繰り返して、もう何回目だろうというくらい。 彼が帰ろうとしないのに、少し安心するのだ。 まだ彼も一緒にいたいんだ、と 話したいんだ、と。 「そろそろ帰らなきゃ」 そう言って、彼がエナメルのスポーツバックを担ぎ直したら、もう終わりのサイン。 「そうだね」と言って、

【365日のわたしたち。】 2022年5月17日(火)

ついに主人は、私の誕生日を忘れてしまった。 毎年毎年、驚くほど大きな花束を買って来てくれていた私の誕生日。 「もう、こんな大きいのいいから〜」 なんて言ってはいたけれど、一年に一度だけもらえるその花束を、私はどこかで期待していた。 しかし残念ながら、今年はそれがなかった。 仕方がない。 夫の認知症は、日を追うごとに悪化している。 私の誕生日なんて、忘れることランキング第一位くらいの重要度の低さだろう。 それはわかっているのだけれど、なんとも心に穴が空いたような

【365日のわたしたち。】 2022年5月16日(月)

家の近所に、なんとも優しい顔のお地蔵さんがいる。 道にちょこんと、一人だけ。 どうしてこんなところに?というようなところにいるから、出勤のたびに気になって見てしまう。 薄汚れた赤い前掛け?のようなものを首に巻かれて、お地蔵さんは今日もにこやかだ。 ここにどれくらいいるのだろうか? もう、みんなここにこんなお地蔵さんがいることなんて忘れてしまってるんじゃないだろうか? そう思いながら、毎日横目で眺めていたお地蔵さん しかしある時、お地蔵さんの前掛けが新品のものに取

【365日のわたしたち。】 2022年5月14日(土)

土曜日の朝は、必ず7時まで寝るって決めているんだ。 毎日5時起きで会社に向かっている俺の唯一の至福の二度寝タイム。 何人たりとも、この幸せを奪うことは許さん。 そう思いながら、朝の微睡の中を浮遊する。 その時だった。 俺の頬を鋭い何かがかすめていった。 一瞬遅れて、頬にちりちりとした痛みが走り始めた。 「…いってぇ。いってぇよ。クロ。」 最近、実家で拾われた黒猫のクロ。 親父の猫アレルギーがひどいからという理由で、先週末から俺の家に転がり込んできた。 その

【365日のわたしたち。】 2022年5月13日(金)

13日の金曜日。 朝のニュース番組のアナウンサーがそう言って、あ、不吉だな、と思った。 きっと13日の金曜日のせいだろう。 定期を忘れて、自腹で電車代を払うことになった。 なんでか、今日は大雨という予報を忘れて、クリーニングに出したてのスーツを着てきてしまった。 電車で隣に座ったオネェさんの香水の匂いがきつすぎて、呼吸がまともにできなかった。 会社に着いてパソコンを開いたら、昨日送ったはずのメールの添付ファイル漏れが指摘されていて、「確認できません」と相手様の怒り

【365日のわたしたち。】 2022年5月12日(木)

おじいちゃんとおばあちゃんは、お揃いのマグカップを使っている。 おじいちゃんが深緑で、おばあちゃんが落ち着いた黄色。 おじいちゃんとおばあちゃんの家に遊びに来ると、二人がそのマグカップを使ってお茶を飲む姿を毎朝見た。 「おじいちゃんとおばあちゃんのお揃いのマグカップ、いいねぇ」 何気なく、私がおばあちゃんにそう言った時。 おばあちゃんはふふふ、と笑った。 「このマグカップはねぇ。おじいちゃんが初めてくれたプレゼントなのよぉ」 「え、すご〜い。長持ちだねぇ」 「そ

【365日のわたしたち。】 2022年5月10日(火)

沖縄は梅雨入りをしたという。 電話越しに、梅雨の沖縄はどうか、と彼に尋ねてみる。 ムシムシしてるわぁ、とのんびり、そして大きな声で答える。 東京にいた時よりも、彼はとても生き生きしているように聞こえた。 「地元の沖縄に戻ろうと思う」と死んだような目をした彼に言われた時、 場所を変えたくらいで彼の生気が回復するとは到底思えなかった。 それでも「そっか、それが良いかもね」としか返事はできなかった。 22歳のわたしたち。 将来を約束するには、お互いまだ若すぎると思って

【365日のわたしたち。】 2022年5月9日(月)

隣の女性が泣いている。 泣きながら電話をしている。 月曜日の朝、GW明けの憂鬱な日であることは間違いないが、泣くほどのことがある月曜日なんて、本当に憂鬱でしかないだろう。 かわいそうに。 所々、電話の相手に起こった出来事を説明している声が聞こえるが、全てが聞こえるわけではない。 彼女が何に悲しみ、ショックを受けているのかはわからない。 しばらくすると、彼女は電話を終えた。 詰まった鼻をズズッと啜り、テーブルの上のケーキを食べ始めた。 一口食べては、外の景色を眺め

【365日のわたしたち。】 2022年5月8日(日)

今日は母の日だ。 近所の花屋でも、カーネーションが軒先にたくさん並べられていた。 妻は言う。 「こういう時くらい、電話かけてあげれば?」 俺はほとんど母親に電話をかけることがない。 別に仲が悪いわけでもないが、かけるほどの話もないし、と思うのだ。 妻にほらほら、と言われ、母親の携帯に電話をかける。 「もしもし?」 そう言った母親の声は、思ったよりも歳を取っていて、ゆっくりしていた。 あれ。 いつのまにこんなに時間が経っていたのだろう。 記憶の中の母は、い

【365日のわたしたち。】 2022年5月7日(土)

ゴールデンウィークもあと2日で終わる。 いや、もはや残り1日か。 せっかくのゴールデンウィーク残り2日の夜だというのに、面白いテレビはやっていないし、 特に人との約束もない。 ゴールデンなウィークがゴールデンじゃない感じで終わろうとしていて、なんだか悔しい。 でも思った。 ゴールデンウィークがゴールデンだなって思いながら終われて、思い出してもゴールデンだったな、と思えるゴールデンウィークなんて、 今まであったかなって。 結局気づいたらゴールデンウィークは終了し

【365日のわたしたち。】 2022年5月6日(金)

ソファですぅすぅと寝息を立てる夫のお腹の膨らみに頭を委ねながら、 夫が今日も生きているのだと安心する。 この心臓がいつか止まってしまうことを想像すると、とても悲しくて、居ても立っても居られない。 それが私より先なのか、後なのか、 それはわからない。 できれば、私より後であって欲しいと思うのだけれど、 この心臓を私以上に大切に思える人はいないと思うと、 私が最後まで見守ってあげたいとも思う。 夫の寝息は今も一定で、私の頭をゆっくり持ち上げては、ゆっくりと降ろす。

【365日のわたしたち。】 2022年5月5日( 木)

目の前を走る我が子を見て、 今さらながらに、命という奇跡に感動する。 あの命が、僕と妻が存在しなければ生まれなかったという奇跡。 僕たちの前に続く祖先たちが存在しなければ、生まれなかったという奇跡。 そして、あの命を無事に育てられたことへの喜び。 そういったものが、胸の奥底から溢れ出てきて、 喉がキュウッと閉まって、 何かが目からこぼれ落ちそうになる。 彼がこれからも、あの無邪気な笑顔を振り撒き続けられる世界であってほしい。 そんなことは無理だと諭されても、