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お父さんの手作りホワイトソースグラタン

noteと日清オイリオさんの公募「#元気をもらったあの食事」の応募作品として、短編小説を書きました✍楽しんでいただけたら嬉しいです😊

2023年1月8日(日)

「はるかぁー!
 コーヒー淹れたよー!」

1階から父の声が聞こえる…もう朝か。
まだねむい…


私はアパレル販売員で、今日は珍しく日曜日休み。連勤明けのお休みだ。

ホワイト企業は、年間休日が120日あるらしいが、うちのお店は年間休日96日。ゴールデンウィークや、お盆休みなんてものはない。つい先日の大晦日なんて、年越しセールで夕方にお店をオープンし、夜中まで営業だった。元旦は休みというより体力温存日だ。

1月2日から、福袋とお正月セールで、激動の2023年がスタートしたばかり。昨日の休憩時間も、お弁当をチンして蓋を開けたところで「〇〇様がいらっしゃいましたよー!」と店長に呼び出され、10分で終わった。

毎日ヘトヘトだけど、わざわざ私に会いに来てくれるお客様の存在は、これまでの人生で味わったことのない喜びとやりがいをくれた。



コン、コン。
お父さんが2階の私の部屋をノックする。

「はるか、コーヒー冷めちゃうから置いておくよ。サンドイッチも作ったから、1階に降りておいで。」

「はーーーい。」

休日と、遅番の朝は、いつも父にコーヒーを運ばせていた。

1階のリビングに降りると、2杯目のコーヒを淹れる香りがただよう。

テーブルにはサンドイッチが置かれている。お父さんが作るサンドイッチは、とにかく大きい。私はこの大きいサンドイッチに、苛立ちを隠せずにいた。だって、食べようとすると、ボロボロ具が飛び出してきて、上手に食べれない。

「ねぇ!こんなにぶ厚かったら食べにくいよ!もっと薄くしてよ。」

お父さんはニヤついている。

文句を言いながらお腹を満たした私は、今日の予定を考える。日曜日は、どこに出かけても人が多いからな…。今日は家でゆっくり、たまっているドラマとアニメを鑑賞するか!

そして久しぶりの休日が、平和に、穏やかに過ぎていった。

翌日、事件が起きるとも知らずに。

2023年1月9日(月)

”今日は『成人の日』で祝日です。
年末年始のセールに来れなかったお客様のご来店で、混雑が予想されます。
1/8に新商品のワンピースとバッグが入荷しているので、金額と色展開を確認しておいてください。
今日も1日頑張りましょう!“

タイムカードを押したら、スタッフ間での情報共有用に使われているホワイトボードを見るのが、朝のルーティーンだ。

待ちに待ったワンピースの社販分が届いていると、同期から連絡がきていたので、いつもより早く出勤してアイロンをかけた。

まだ、アイロンでホカホカしているワンピースに着替え、新商品のバッグを鏡で合わせる。

(やっぱりかわいい!!)

朝からテンションが上がる。

ガチャ。

お店の裏口が開いて、カレンさんが出勤してきた。
「カレンさん、おはようございます!」挨拶しながら、いそいそとバッグを元の場所に戻す。

カレンさんは第一声、こう言った。「はるか、昨日販売した商品のタグが見つからないんだよね。ストックに昨日のゴミ集めた袋あるから、そこから探してきてくれる?今日、午前中に西園寺さんが来るから、私、探す時間ないんだよね。」

「あっ、そうなんですね!
 わかりました!」

(せっかくのワンピースなのに、朝からゴミ袋を漁るはめになるとは…)
私は、同い年だけど職場では1年先輩のカレンさんに、なんとなく嫌われている気がしていた。その理由について考えてみたこともあったが、身に覚えがない。気にしないようにしているが、正直、カレンさんとシフトがかぶる日は憂鬱だった。


お店がオープンして1時間後、私はまだストックでゴミ袋を漁っていた。
(私、何してるんだろう…。)

探していたタグは、ゴミ袋の底まで漁ったのに見つからない。惨めな気持ちが込み上げてきた。ひとまず、この状況をカレンさんに報告しよう。ストックを出ようとしたとき、壁の向こう側からカレンさんの声が聞こえた。

「西園寺さん、こないだ言ってた子なんですけど、今日居るので後で教えますねっ。」

カレンさんは西園寺さんのお気に入りで、休みの日はおしゃれなカフェに連れて行ってもらい、ご馳走されているらしい。お店にとっても上顧客である西園寺さんのことを、知らないスタッフはいなかった。

「でね、こないだのカフェでも話しましたけど、最近、その子、…なんですよね。」

肝心な部分が聞こえない。
今ストックを出たくなかったが、1時間も膝を立ててゴミ袋を漁っていたので、せっかくアイロンがけしたワンピースが気になる。ストックには鏡がないので、店内の鏡で確認しようと扉を開けた。

その瞬間、西園寺さんと目が合う。
(あっ…。)
とっさに、軽く会釈をした。

ほんとうは、いらっしゃいませ!お元気でしたか?くらいのコミュニケーションをとりたかったが、以前、カレンさんの顧客に話しかけたら「私のお客様に話しかけないで」と怒られたことがあり、反射的に会釈だけになってしまった。

あからさまに、カレンさんと西園寺さんが目を合わせ、店のすみっこに移動した。嫌な感じだった。心の中がモヤモヤでいっぱいになり、心臓の鼓動が早くなる。ほ、ほら…お客様が増えてきたし、新規のお客様にお声がけしよう!頭を切り替えようとしたとき、衝撃が走った。

「あの子ですよ。今ストックから出てきた子。」「へぇ〜あの子なんだ。」
という会話が聞こえた。

(えっ…私のこと?)
ストック裏から聞こえていた言葉のかたまりや、これまで気にしないようにしてきたカレンさんの行動が、全てつながって確信に変わる。

カレンさんが顧客に対して、自分の陰口を言っていると知り、手が震える。ふと目の前のピカピカに磨かれた大きな鏡に、すそが汚れ、しわくちゃのワンピースを着て、歪んだ顔をしている自分が映った。

はりつめていた糸が切れた。

急いでトイレにかけこむ。

ずっと、気にしないようにしてきたけど、やっぱりカレンさんに嫌われていた。気に入らないことがあるなら、面と向かって言えばいいのに!よりによってお客様に、スタッフの陰口言うってどういうこと?

悲しい。くやしい。許せない。
負の感情が押し寄せてくる。
涙が止まらない。

どうしよう、どうしよう。
いや、今はどうしようもできない。
とりあえず、早く目を乾かして、充血を落ち着かせないと。
売り場に出ないと。早く、早く…。

焦れば焦るほど、また涙が溢れてきた。

2023年1月10日(火)

次の日、休みだったことが不幸中の幸いだった。

「はるかぁー!
 コーヒー淹れたよー!」

いつもの声が聞こえる。
私は返事をしなかった。

コン、コン。

「はるか?コーヒー持ってきたよ。
 朝ごはんは?」

私が返事をしないので、父はいつもより早く2階に上がってきた。

「いらない。」
「えー!せっかく作ったのに。」

そう言って、コーヒーをテーブルに置き、1階へ降りていった。
驚くほど食欲がない。

コーヒーをひと口飲んで、またベッドに戻り布団にもぐった。
カレンさんと西園寺さんのやりとりが、頭の中でエンドレスリピートされる。考えたくないのに、頭にこびりついて離れない。

昨夜は寝つけず、睡眠不足だったのもあり、気がついたら気を失うように眠っていた。


うぅっ…さむい。今何時??
窓を開けると暗闇が広がっている。

「ぎゅるぎゅるぅ…」
私のお腹から、情けない音が鳴った。

「はるかぁ!もう6時だよー!」
そう言いながら、父の足音が2階へ近づいてくる。

コン、コン。
「はい。」

お盆を持った父のシルエットが、暗い部屋に浮かび上がり、テーブルに置いている様子が布団越しに見える。

「ごはん作ったから置いとくよ。冷めると美味しくないから、早く食べてね。」「はい。ありがと。」

いつも、ごはんの時間は1階に呼ぶのに、何かを察した父は、夜食を2階に持ってきてくれたようだった。

部屋の電気をつける。


グラタンだ。


父の料理のバリエーションは、和食なら、焼き魚。中華なら、焼きそば。洋食なら、パスタ。と決まっていた。だから、手作りのグラタンを作ってくれたのは、初めてのことだった。

熱々に熱されたオーブン皿の中で、湯気を立てているグラタンを、木製のスプーンですくう。チーズがのびる。

ふーふーしながら、ひとくち食べた。

ちょっと粉っぽさがのこる、手作りのホワイトソース。オーブンで香ばしく焼かれたマカロニとチーズ。バターでこんがり炒めたベーコン。溶けかけた玉ねぎと、しめじも入っている。


今日も…具だくさんだ。


当たり前だと思っていた父の料理。
朝起きれない私に、いつもコーヒーを淹れてくれること。
初めて作ったこのグラタンは、どんな思いで作ってくれたんだろう。


私は、むせび泣きながら食べた。


カレンさん、尊いことに気づかせてくれるじゃん。

「やってやろうじゃねぇか。」
私は、空になったグラタン皿にむかって独り言を言った。


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