宇宙エレベーター

意識へ~心旅その二~

『ズーン』という大きな振動が船体に広がり、警報がけたたましく鳴りだした。
『第3、第4およびブリッジエアロックを閉鎖します。第3、第4およびブリッジエアロックを閉鎖します。』
感情のこもっていない合成音声が響く。やっちまったぜ、ついに俺の運も尽きたようだ。これまで重力の影にぶつかりそうになったりタトゥイーンで毒殺されかけたりしながら何度も命拾いしてきたが、今度ばかりは本当にオダブツのようだ。一応救難フラッシュを出してはいるが、全長900メートルのこのヴィクトリー級戦艦でさえ宇宙空間においてはゴミみたいにちっぽけな存在。万に一つも誰かに見つけてもらえる事はないだろう。かつては巨大旗艦として艦隊を組み、反乱軍の掃討にテリトリー中を飛び回っていたもんだが。そのうち新造の超大型艦や空母に押され一線を退きはしたが、機動力は抜群だ。それに、本部には内緒でカスタマイズしてある。かつては20人近い運行士が必要だったが、今はこのデッキの中央に据えてあるAI一台にお任せだ。亜光速イオンエンジン、ハイパードライブ、最新のIDDを使い分け、宇宙のどこへでも3週間以内で連れて行ってくれる頼もしい俺の相棒だ。いつもなら副官のアルジが同乗しているんだが、今日は個人的な用事だと言ってあるので乗船していない。こいつがまた〝バカ〟がつくほどの生真面目野郎人類タイプ。何かと言うと『それは規則で禁じられております』だの『銀河航海法では許されていない航路です』とか融通のきかない事を抜かしやがる。まったくいけ好かない野郎だが、いつも冷静に状況判断できる能力には一目置いている。自虐的に話してくれたが、この〝アルジ〟という単語、俺の星の古代言語では〝藻〟の事らしい。そう言やあ、確かに髪がグシャグシャで、何かの餌みたいだ。え、そう言うお前は誰かって?ああ、まだ名乗ってなかったな。俺はカズ・ヤナ・ミエト、職業は銀河間紛争監視団の辺境探査部部長だ。と、言やあ聞こえはいいが、要はいざこざが起こりかねない辺鄙な場所で不逞の輩の動きを監視するしがない警備員ってことよ。

『酸素残量が少なくなっています。酸素残量が少なくなっています。至急ヘルメットを装着し、退艦準備を始めてください。』
へえへえ、わかってますよ。俺だって、退艦出来るもんならとっくにやってるさ。だが脱出ポッドを含めすべての艦載機は、地上戦援護用のビクトリーⅡ級〝グレシアル〟に移してきた。だから逃げだす術はまったくない。動きが取れないこの広い船の中で独りぼっち。ただ酸素が切れて死ぬのを待つしかなくなってしまった、ってことさ。

確かに、宇宙で死ねれば本望と言えば本望だ。何故なら、昔から宇宙に行くことに憧れていたからだ。俺の生まれたG13GSSⅢEつまりG13銀河系内太陽系第三惑星、通称〝地球〟では、静止軌道上に浮かぶステーションまで宇宙エレベーターを使って行けた。ガキの頃は宇宙平和監視団にいたおやじの顔パスで、さらに先の高軌道ステーションに連れて行ってもらったこともある。近くにあるコロニー9に行くシャトルや、第8惑星以遠のディープスペースに向かうクルーザーを飽きもせずに眺めていた。
その後なんとかアストロノーツアカデミーに滑り込み、卒業後はオヤジのコネで銀河間紛争警備隊辺境探査部に入れた。トレーニング期間が終わると、指令を受けるまま俺は宇宙をところせましと駆け回った。興奮の連続だったね。なんせガキの頃の夢が叶ったんだ。
いくつかの紛争を解決して認められ小さな艦隊を任されるようになった頃、そうタトゥイーンで殺されかけたときだ、それまでの空間概念を覆した虚空間偏差航法が論文発表された。この航法は重力の影を計算に入れる必要が無く、航路計算が簡単で移動を直線的に考えることができる。そのためハイパードライブに比べ所要時間を1/25に縮めることができると予測されていた。そしてその理論を使ったimaginary deflection driveいわゆるIDDが開発され、ほとんどの大型艦に装備されたが、実際の検証では1/15程度にしか縮まなかった。しかし、それでも画期的なことだ。

とき同じくして、この宇宙が恒星ジークを中心に半径210億光年の球状であることが観測の結果判明した。するとその境界を一目見ようと、半径ぎりぎりにあるこの先のダゴバのIDDゲートに観光スペースクルーザーが次々に押し寄せた。俺は毎日やってくる異星人同士の動向を監視すべく警備責任者として送り込まれ、これまで3年間働いている。
宇宙の果てと言っても、標識のようなものがあるわけじゃあない。暗黒の弾力のある壁のようなものだ。そこから先へはどんなに推力の強い船でも進めない。ある程度までは進めるのだが、そこで押し戻されてしまう。そうさなぁ、膨らんだゴム風船にこぶしを押し付けてる感覚、とでも言ったらわかってもらえるか。

結局宇宙の果てがただの暗黒の風船のようなものだとわかると、次第にやってくる連中が減っていき、今じゃ1日に1隻来るか来ないかだ。で、暇になった俺は考えた。壁を通り抜けようとか虚空間トンネルを作ろうとかしたやつはいたが、壁自体をぶっ壊そうとしたやつはいない。そんな事、はなっから無理だと決めつけてるからな。でも、やってみなきゃ分かんないだろ。壁の向こう側には別の宇宙が広がっていて、面白い生物がいるかもしれない。ひょっとしたら別の時間軸で過ごしている俺がいるかもしれない。

そう思うと、いてもたってもいられなくなった。そこで俺は休暇を取りG13…地球に里帰りするからと嘘を言って、整備に入る直前だったこの船を拝借した。だから、搭載機はすべて降ろされているってわけだ。俺は地球へ飛ぶと見せかけ、IDDで一旦ダゴバから2パーセク離れた宇宙空間まで飛んだ。そこからハイパードライブでここまで戻って来ると船を反転させ、亜光速エンジンの出力を上げた。もちろん磁力アンカーを打ち、重力ブレーキをかけることは忘れなかった。モニターの数字を見ていると、壁は次第に押されていった。一気に片をつけようと考えた俺は、AIにフルパワーを命じた。その瞬間、限界まで押されていた壁が一気に元に戻り推進イオンがノズル内に逆流、イオン発生装置を破壊したにとどまらず船の後方にあった推進ブロックをすべてふっ飛ばした。もちろん、ハイパードライブもIDDも木端微塵。アンカーが利いていたおかげで船があらぬ方へ飛んで行くのは防げたが、逆にそのお陰でここに釘付けされてしまった。

さあて、これからどうするか。どうあがいたって、この艦からは逃げ出せないことは確かだ。助けを呼ぼうにも、通信アンテナはさっきの爆発でエンジンともども吹っ飛んじまった。八方ふさがり、あとは酸素が切れるまでの命だ。だんだん息苦しくなってきやがった。本当に情けないもんだ、戦闘じゃなくてめえの馬鹿な仕業で死んじまうなんてよ。カミさんのルシルに笑われちまうだろうな。ま、俺は行方不明のまま2年経てば死んだことになって、お前には軍から遺族手当が支給されるだろうから許してくれ。

ここに来ての3年間、いろんな連中と出会った。人類タイプだけでなく、浮遊タイプ、軟体タイプ、岩石タイプや金属タイプなどのまるで生きているとは思えない奴らまで。中でも、先週ゲートにやってきた人類タイプのサジコット星の住人は楽しかったな。ちょうど暇だったんで、奴らの船に表敬訪問と称して遊びに行った。気を良くした奴らは色々歓待してくれ、そのうち奴ら独特の意識を解放し共有する方法を教えてくれた。あの星は、個人個人の経験を住人全体で共有し、星全体があたかも一つの生命体のようになっている。肉体はあくまでも精神の仮の器であって、それが朽ち果てても共有された意識は残る、と。じゃあなんで肉体を持って生まれてくるんだ、って話だけどな。しかし今となっちゃあ、その秘伝を試す機会もなくなってしまった。残念な事をしたな。こんなことなら誰かを相手に試しておく…

ちょっと待てよ。やつら共有したい相手との距離は関係ないと言っていた。ということはだよ、ダコバにいるアルジの意識とも共有できるんじゃないか?そーだよ、奴らの話が本当なら、ここで肉体が滅んでも俺の意識はアルジの中に生き続けられるんだよ。いやそれどころか、やつを操ることが出来るんじゃないか?よし、どのみちもうすぐ死ぬんだ、こいつはやるっきゃないだろ?で、奴の精神、いや心、ゴーストの中に入り込めるとして何をする?…ふふふ、そうそう。いつも善人ぶってやがる奴の、ダークサイドを乗っ取るってのはどうだ?良心という重い蓋で閉じられている心の闇だ。万人がひたすらに隠そうとする本能とも言えるその部分を覗いてみるのも面白い。いっそのことアルジの闇を暴露してやるというのはどうだ?面白そうだ。わくわくしてきたぞ。そうと決まれば早速始めるとしよう。
確か奴をイメージしながら、親指はここで、人差し指と薬指を…
『酸素アウトです。酸素アウトです。酸素がなくなるまであと10、9、8、7、6、5、4、3、2、1…プ―――』                 続