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カズは魔法使い 第七話

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自分も含め四人分の荷物を軽自動車に積んだ和人は、エンジンだけをかけて運転席に座ったまま、ひとまず村木への連絡を試みることにした。
 スマートフォンを開いてみると姉から届いていたメッセージがあったが、沙織里に関することだったため、とりあえず塾にも来ていない旨を返信しておいた。
 そのまま、以前もらっていた村木の電話番号に電話をかける。もしかしたらもう寝ているかもしれないと思ったが、幸い数回ほどコール音が鳴ったあとで、村木が電話に出た。
『もしもし』
「もしもし。夜分遅くにすみません、菅原と申します。以前活動センターでお話をした……」
『あぁ、和人くんか。こんばんは』
 村木は寝起きの声というわけでもなく、酔っ払っている様子もなかった。とりあえずは迷惑になるようなタイミングではなさそうだったことに安堵しながら、和人は事の顛末を話した。沙織里が行方不明となったことを説明し、何か知っていることはないかと尋ねる。だが、村木の答えは芳しいものではなかった。
『うーん、よくわからないな』
「そうですか……」
『とりあえず、他の二人にも聞いてみることにするよ』
「二人というと……たしか、田嶋さんと岡島さんでしたっけ」
『そうそう。何かわかったら連絡するよ』
「よろしくお願いします」
 そう言うと和人は通話を切った。アテが外れてしまったことに若干落胆していたが、そのまま次にすべきことを考え始める。童貞老人たちの様子は、一旦村木からの連絡を待てば良い。
 ひとまず、和人は自分の実家へ向かうことにした。姉と直接話したほうが早いと考えたこともあるが、車に積んだ三人の荷物もどうにかしないといけなかった。実家に預けておけば、沙織里経由で渡してもらえると考えたのだ。
 考えをまとめ終わると、和人は車のライトを点灯させ、シフトをRに入れた。じゅうぶんに暖まったエンジンが、軽快な音をあげた。

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実家へ向かって車を走らせていた和人だったが、途中で自転車で走る一真たち三人を見かけた。汐梨を先頭にしながら、どこに向かっているのかはわからなかったが、とにかく焦っている様子だった。
 和人は後ろを確認して車を減速させながら、三人の横に来たところでクラクションを軽く鳴らし、車を停めた。陽平が最初に気付いたようで、自転車の速度を落とした。それに倣うように一真、汐梨も速度をゆるめていた。
 車のドアを開け、車外に出る。歩道へ歩きながら、三人に向かって声を掛けた。
「どこに行こうとしてたんだ?」
「いえ、汐梨がとにかく怪しいところがないか探そうと……」
 若干呆れた表情を見せながら陽平が答えたが、それに従って同行しているのだから、付き合いが良い奴だと和人は思った。
「そうか。とりあえず、お前たちの荷物もあるし、一度うちに……沙織里の家に来てもらえるか? 探してくれるのはありがたいけど、一度沙織里の親とも話しておいたほうが良いだろ」
「ああ、そういえば荷物! すみません、ありがとうございます」
 深く考えていなかったと思われる汐梨が、謝罪と礼を口にする。よほど焦ってたに違いない。その様子に、和人は苦笑した。
「沙織里の家はわかるよな?」
「はい、私わかります」
「それじゃ、二人のことも連れてってくれ」
「俺もう荷物だけ受け取って帰りたいんだけど……」
「なに言ってんの、陽平も一緒に来てよ!」
「そうだよ」
 不平を言った陽平に対して、汐梨と一真が食って掛かっていた。和人は再び苦笑いを浮かべながら、陽平に言った。
「まあ、乗りかかった船だ。ここで帰っても後で気分悪いだろ」
「そういうもんかな……まあ、別にいいですけど」
 すぐに撤回した陽平を見て、頼られて悪い気はしていないのかもしれない、と和人は思った。
「それじゃ、また後でな」
「はい」
 三人を置き、再び車に乗り込んだ和人は車を走らせた。
 少しして実家へ着くと、二台分の駐車場は埋まっていたため路肩に車を停車させる。幸い、和人の実家の目の前は道路が広い。軽自動車一台程度であれば、端に停めていてもそれほど通行の邪魔になることはなかった。
 駐車場が埋まっているということは、両親も姉も家にいるということだ。和人は車からキーを抜き、鍵を閉めて実家の玄関へと向かった。チャイムを鳴らさずに玄関を開ける。実家の玄関は、人がいる時は鍵をかけていないことが普通だった。
「ただいまー」
「和人? おかえり」
 車を停めた音で来客に気付いていたのか、玄関を開けると廊下には沙織里の母親、つまり和人の姉が待ち構えていた。和人の顔を見て意外そうな顔を見せる姉に、和人は靴も脱がないままに話し始めた。
「なんか沙織里が行方知れずになってるって」
「そうなのさ。警察にももう言ったんだけど、連絡があった時のために外に出ることもできなくて」
「あぁ、そういうこと」
 おそらく、気持ちとしては今すぐにでも汐梨たちと同じように探し回りに行きたいのだろう。あからさまにそわそわしている様子の姉を見て、和人は苦笑した。塾が終わってから和人が実家に来るにしては早過ぎる時間帯だったが、それにも気付いていないようだった。
 それから、簡単に塾であった出来事や、汐梨をはじめとする三人が沙織里を探そうとしていることを伝えた。和人の姉は驚き戸惑っているようだったが、同時に嬉しそうな表情も見せていた。
「……あぁ、それであんたそんなにたくさんカバン持ってんのね。何かと思った」
「そうそう。で、あいつらももうすぐうちに着くと思うんだけど……ちょうど、来たみたい」
 和人がそう言ったところで、表の方から自転車のブレーキと、スタンドを立てる音が聞こえてきた。ほどなくしてガヤガヤとした話し声とともに、三人が玄関へとやって来る。
 よほど急いで来たのか、三人とも冷たい風に晒された頬が赤くなり、吐く息がうっすらと白くなっていた。
「よう、遅かったじゃないか」
「これでも急いで来たんだよー……こんばんはー」
 和人への文句もそこそこに、汐梨は奥にいる沙織里の母の姿を見つけ、挨拶をした。
「いらっしゃい。ごめんね、沙織里のこと探してくれてたんだって?」
「ううん、私もお母さんから聞いて電話したりしてみたんだけど、電源入ってないっぽくて」
「そうなのさー。あの子ったら、どこで何してるんだか……えっと、そちらは?」
「あ、同じクラスの陽平と一真。一緒に探してくれてる」
「あらあらー、ありがとうね。男手があるほうが心強いわ」
 声を掛けられた男子二人も、こんばんは、うす、などと口々に挨拶を返している。陽平は無愛想だったが、一真はまんざらでもなさそうな顔をしていた。
 姉と生徒たちが会話を始めた脇で、和人は自分の携帯電話が震えていることに気付き、その場を離れた。携帯電話を取り出して画面を見ると、名前は出ていなかったがつい先程電話をかけた番号、つまり村木からの電話であることがわかった。玄関口から離れ納屋のほうへ向かいながら、通話ボタンを押し、電話を耳に当てる。
「もしもし」
『あぁ、菅原くん。さっきの話なんだけどね』
「他の二人はどうでしたか?」
『うーん、それなんだけどね……』
 電話口から聞こえてきた村木の声は、何かを言い淀んでいるように聞こえた。
「何かわかりましたか?」
『うーん……どうもね、岡島さんがやけに饒舌だったのが気になるんだよね』
「饒舌って……岡島さんって、静かな方でしたよね?」
『うん……』
 話しながら和人は、活動センターで会った時の岡島のことを思い出していた。和人がいろいろと言ったため、最終的には激怒して帰ってしまったが、それまでは自分からはほとんど言葉を発さず、腕組みをしながらうつむいている姿が印象的だった。
『聞いてもないのに、今日は天気が良いとか、星がよく見えるとか言ってきてね』
「それは、変ですね」
『うん……なんか忙しそうというか、急いで電話を終わらせようとしててね。家にはいるようなんだけど』
 あからさまに怪しいのは、逆に怪しくないのではないかと勘繰ってしまう和人だったが、今は他に手がかりもない状態だ。とりあえず岡島が何か事情を知らないか、詳しく聞きたいと考えていた。
 和人が黙って考え込んでいると、村木の声が続けて聞こえてきた。
『その後、田嶋さんにも電話してみたんだけど、もう寝てたみたいでね。事情を話したら、ちょっと岡島さんの家に行ってみるか、ってことになったんだけど、どうする?』
 どうするというのは、和人も岡島の家に行くか、という意味の問いかけだろうと和人は理解した。
「行きます」
 渡りに船の提案に、和人は即答した。そして二人は、ひとまず村木の家に集合してから、岡島の家へ向かうことにした。
 村木の家の場所を簡単に聞いた後で、和人は電話を切り玄関口へと戻った。村木の家の場所は和人の実家からそれほど遠くない、歩いて5分程度の場所だ。車で行くよりも徒歩で行ったほうが楽だろう。
「ちょっと心当たりがあるから、出かけてくる」
「え、なにそれ。警察にも伝えとく?」
「いや、心当たりって言ってもまだ微妙で。かえって混乱するかもしれないから、まだ言わなくていいよ」
「そう……」
 和人の姉はまさに藁にもすがる思いという表現が当てはまるような様子で、和人の言葉ひとつに一喜一憂していた。
 そんな姉を見ながら、和人は自分に向けられる視線に気付いた。
「あの……」
「ええと、お前たちはどうする?」
 三人の生徒たちは和人に問いかけられ、お互いに顔を見合わせてから頷き合った。一真と汐梨は意を決したような表情で、陽平は仕方がないといった表情で。
「私たちも一緒に行っていいですか?」
「っていうか、一緒に行きます!」
 汐梨と一真が和人へ言った。一瞬の間があってから、陽平もそれに続く。
「手掛かりも何もないし、可能性があるなら行きます」
「わかった」
 和人は短く返事をすると、三人に向かって頷いた。
「それじゃ姉ちゃん、もし何かあったら連絡するから」
「うん、気を付けてね」
 和人の姉に見送られて、和人たち四人は出発した。
 砂利道を歩きながら、和人は三人に向かって声を掛ける。
「家には遅くなるかもって連絡しとけよ。俺の名前出していいから」
「はーい」
「それで先生、どこ行くの?」
 一真に聞かれて初めて、和人は目的地を言い忘れていたことに気付いた。歩きながら姉にもメッセージしておこうと考えながら、和人は答えた。
「村木さんの家……で、村木さんと合流してから岡島さんの家に行く」
「……村木さんはわかるけど、岡島さんって?」
 誰のことかわからないという顔をする三人。どう説明したものかと和人が迷っていると、陽平が口を挟んだ。
「もしかして、この前活動センターで村木さんと一緒にいた人ですか?」
「……ああ、そうそう。多分、すごく怒ってた人」
 陽平たちが村木たちとすれ違ったところを和人は見ていなかったが、岡島は和人のせいで激怒していた時だからおそらく三人にも伝わるだろうと思いながら、和人は答えた。
 だが、なぜ陽平がそのことを察したのかは気になった。
「なんでそう思ったんだ?」
「いや、その……すれ違いざまに沙織里のことを睨んでいた気がして、気になってたんです」
「そうか……」
 すぐ後ろでは一真と汐梨が、そうだったっけ? などと言っているのが聞こえていたが、和人は陽平の言葉に、不安が増していくのを感じていた。

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