桜夢なな・桜の季節に咲いたなないろの夢

この記事を書いている令和3年3月31日をもって、僕が非常に強く推していたvtuber「桜夢なな」が卒業する。今から書き記す事柄は、9割9部筆者の個人的な記憶に基づく私的な思い出語りに過ぎない。しかし、どうしても彼女と歩んだ日々のことを書き残しておきたくなったので、こうして筆を執って、否、キーボードを打っている次第である。

桜夢なな(当時はその名でなかったが)との最初の出会いは、2年前の令和元年4月に遡る。桜咲くこの季節、SHOWROOMにおいてZeroProject主催のバーチャルタレントオーディションが行なわれていた。このオーディションは現在「紡音れい」として活躍しているvtuberの魂を選出するためのもので(現在活動中の紡音れいさんは、このとき勝ち抜き選ばれた)、たった一つの椅子を巡って100人以上のエントリー者が配信を通じて熾烈な競争を繰り広げていた。今よりもリスナーの絶対数が少ない当時のSHOWROOMバーチャルカテゴリにおいて、これだけの大人数が一斉に配信活動をすれば、当然ながらその存在にすら気づいてもらえない参加者も出てくる。配信してもコメントの一つもない、ほんの数人にでも視聴してもらえているかわからないという状況で虚空に向かって喋り続けるのは、とてもつらく苦しいことだ。そんな状況を少しでも減らしたくて、当時の私はオーディション参加者(れいちゃんの魂を目指していたことから”れいちゃんず”と呼ばれていた)の配信を無差別的に訪れては、極力コメントを打つようにしていた。が、特定の誰かを応援する意図もなければ、新たな推しを見つけようとしていたわけでもなかった。むしろ、推しを増やす余力など無いとすら当時の私は思っていたのだ。

だったら、なぜれいちゃんずの応援活動などしたのかというと、話はさらに5ヶ月ほど遡る。平成最後の年、SHOWROOMにおいて”バーチャル蠱毒”と呼ばれたひとつのオーディションが行われた。(このとき、もうひとりの自分にとって特別な推しと出会っているのだが、今回は割愛する) 色々あってこのオーディションにどっぷり深入りしていた自分は、ひとつ心に刺さった棘となる出来事を経験していた。そのとき、何気なく覗いてみたオーディション参加者のルームは、ひどく閑散としてほとんどコメントもなく、配信者は自分を鼓舞するかのように必死に言葉を紡ぎ出していた。そんな状況で、私はかけるべき言葉を探しあぐねて、黙ってその場から去ってしまった。彼女に気づかれ引き止められて、その場から逃れられなくなるのが怖かったのだ。彼女の名前もエントリーNo.すらも、僕は覚えていない。ただ、孤独な魂を見捨てて逃げたという事実が心の棘となり、ずっと突き刺さっていた。要するに、れいちゃんずへの応援は自分勝手な贖罪行為で、彼女たちのためというよりは自分のためだったのである。

なので、乱暴な言い方をすれば、応援する相手は誰でもよかった。誰に肩入れするつもりもなく、ただひとつでも多くの魂を孤独から掬い出し、救い出すことで、自分も救われたかったに過ぎない。そんな中で、たまさか出会ったのがNo.77のれいちゃんず、後に桜夢ななとなる魂だった。その時の印象を、僕はツイッターで次のように述べている。

このときは彼女が見せた才能の片鱗に興味をひかれながらも、推そうと思ったわけではなかった。そもそも前述の通り、れいちゃんオーディションを通じて推しを作る気などまったくなかった……のだが、「この子の配信をまた視たい」と思ったのも確かだった。その後、なかなか時間が合わず視に行ける機会は限られていたが、行けば確実に楽しませてくれる工夫をこらした配信内容に、すっかり引き込まれていた。

オーディション終盤になると、もはや当初の「一人でも多く助ける」という建前を捨てて「この子を応援して勝たせたい」と思うようになっていた。彼女は僕の中で、他の誰とも違う特別な存在となったのだ。結局、このときは最終審査まで進んだものの選ばれずに終わったのだが、オーディション期間を通じて見せてくれた才能と、なにより個々のリスナーを大事にして精一杯楽しませようとする姿勢に、僕はすっかり参ってしまっていた。そして、彼女が再チャレンジするならば、次はもっと力になりたいと願うようになった。そして、その機会は巡ってきた。

れいちゃんオーディションから3ヶ月後、惜しくも選ばれなかった参加者たちによる再チャレンジイベント・転生支援オーディションが行われることとなった。この間、彼女は"NANA"という名で地道に配信活動を積み重ね、着実に新たなリスナーを獲得していった。前回のオーディションでは、拡散力不足もあってなかなか新規リスナーを増やせなかったが、足を運んでさえくれればファンになってもらえると自分は考えていた。それだけの才能をNANAに感じていたし、リスナーひとりひとりを大切にする姿勢が心をつかむと確信していた。その確信は現実となり、NANAは堂々の1位で転生支援オーディションを勝ち抜いた。その成果をもってして、ZeroProjectの正式メンバーとして迎えられ”桜夢なな”としてデビューする運びとなった。

こうして、桜の季節に巡り合った一つの才能は見事に開花し”桜夢なな”という可憐な花となった。たくさんの人がこの花に魅了され、新しいファンもどんどんと増えていった。彼女の飛躍を見るにつけ、まだこの花が蕾だった頃に巡り合い、いち早く可能性に気づけたことを誇らしく思ったものである。

どれほどリスナーが増えても彼女の姿勢は全く変わらず、ひとりひとりのリスナーを本当によく見て気にかけていた。常に、リスナーを楽しませようと一生懸命だった。が、そんな彼女の姿に一抹の不安がよぎるときも、ないではなかった。桜夢ななには豊かな素質と才能があるが、それ以上に努力の人だ。妥協というものを一切知らず、常に全力で物事に取り組む。それがたとえ、自分のキャパを超えた無理であっても、それを表に出さず己に無理を強いる。あきらかに疲弊していても配信しようとする彼女の姿に、このままでは燃え尽きてしまうのではないかと心配になったことも一度や二度ではない。

そして、彼女はあまりにも思いやりのありすぎる人でもあった。人から向けられる期待や思いを、彼女は決して無視することができない。背負わなくていいようなことでさえ背負い込み、黙って耐え続ける。いつの頃からか、僕には彼女が常に重荷を背負ってV活動をしているように感じられた。

だから今回、僕は桜夢ななが「自分の夢を追うための卒業」という選択をしたことに、寂しさだけでなく嬉しさも同時に感じている。ようやく彼女は、他の誰のためでもなく「自分の願い」を押し通すことができたのだ。彼女の性格からして、仲間やリスナーのことを考えて相当悩み苦しんだと思うが、それでも最後は自分の夢を追うことを選べたのだ。桜夢ななの幸福を願う身としては、こんなに嬉しいことはない。

vtuberとしての桜夢ななのキャリアは終わっても、彼女の夢は終わらない。いつか、彼女が進む道の先で、再び見事な花を咲かせると自分は信じている。もしも望みがかなうならば、その美しい花をまた見つけることができますように。桜夢ななさん、ご卒業おめでとう。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?