#29 生物生存戦略記④
「事実は小説よりも奇なり」という言葉がありますが、人間社会の常識と比較したときに、自然界で起きている事実はまさに、この「事実は小説よりも奇なり」ということがたくさん起きています。
今回は生物生存戦略における、海洋生物の“性別”について紹介していきたいと思います。
今回は海洋生物の社会で起きている現象として、オレンジと白のカラーリングが特徴のカクレクマノミの生態に面白い話がありましたので、ディズニーアニメーションの「ファインディング・ニモ」を例に紹介したいと思います。
まず「ファインディング・ニモ」のあらすじを説明します。
あるカクレクマノミの夫婦が卵を大切に育てて暮らしていましが、ある日、卵が外敵の魚に狙われます。卵を守ろうと夫婦は抵抗しますが、抵抗むなしく父親マーリンは気を失ってしまいます。目覚めた頃には、卵はほぼ全て失ってしまい、母親の犠牲でたった1個の卵のみが守られていたのでした。そして、二度と家族を失わないようにマーリンは生き残った卵、後のニモを大切に守り育てていくことを誓います。
それからニモは成長し、学校に行く年になります。しかし、初めて学校に行く日にニモは人間によって攫われてしまいます。ニモを失って打ちひしがれていたマーリンでしたが、ナンヨウハギのドリーと出会い、ニモを探す旅に出る決意をします。様々な生物たちとの交流やトラブルを乗り越えて、ついにニモと再会し再び幸せに暮らします。この作品はお父さんマーリンと息子ニモの親子の絆を描いた、ハートフルな家族の成長物語となっています。
ここでこの物語に実際の海洋中で起きるカクレクマノミの生態を当てはめてみたいと思います。
カクレクマノミが住処としているサンゴ礁やイソギンチャク等のコロニーでは、基本的にオスとメスの一対が夫婦として生活しており、そのコロニーでの性別は、コロニーの中で体が大きい方がメスになります。
そのため、物語冒頭で母親が襲われて、コロニーからメスがいなくなってしまうと、2番目に体の大きかったお父さんマーリンがお母さんに性転換します。
また、カクレクマノミの稚魚は孵化直後コロニーにはとどまらず、海洋中で生活をしますが、その際のカクレクマノミには性別がありません。
ニモは生まれた当初は息子でも娘でもない性別を持たない個体となります。
そこからニモが攫われ、マーリンはニモを探す旅に出かけて、ニモと再会し再び元居たサンゴ礁で生活を始めます。
海洋中で生活していたカクレクマノミの稚魚はサンゴ礁やイソギンチャクに生活圏を移す際、そのコロニーに他のカクレクマノミがいない場合はメスに、先客がいる場合はオスに性別が決まります。そのため、マーリンとニモが再開し再び元居たコロニーで生活を始めてしまうと、ニモはオスになり、お母さんマーリンと夫婦になってしまいます。
と、このように現実は火曜サスペンスも顔負けの奇妙な展開になってしまうわけです。
今回紹介したカクレクマノミの事例は、海洋中では実は珍しい事例ではなく、性別による外部形質を持たない海洋生物にとって性別というものは非常に曖昧であることが多いです。
この交配における生物戦略は、性転換だけでなく、オスとメスの性質を両方持っている雌雄同体、雌雄同体の中でも自分自身で交配する自家受精が可能、そもそも性別に頼らない自己複製をするなど様々なことが海洋中では繰り広げられています。
性別が一定でないことは誰とでも交配が可能だということでもあるので、一見すると生存戦略上優位なように感じますが、特殊な機構は持つには、その部分にコストを割かねばならず、持つだけでもリスクが生じるため、必ずしも優位であるとは言えないのです。
海洋生物にとって広い海の中からつがいとなる相手を探し出すだけでも大変で、性転換を行う行為は、なかなか出会えない相手との交配の成功率を上げるための涙ぐましい努力の一つだったのです。
最後に、冒頭に述べた「事実は小説よりも奇なり」というのは、実は狭い基準(小説)から外れた事象が現実にはあるよというだけかもしれません。実際、視野を外に広げると自然の方がもっと合理的であるということは少なくないと思います。なにか奇妙だと感じる時は、このような観点で自分自身を見つめてみると、新たな発見があるかもしれません
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