賭博ドラフト小説(仮)第一話



「ねえ、お金賭けてやるドラフトに興味ない?」
 すべてはその一言から始まった。

 その日は朝から快晴だった。
 山手線の××駅で降り、スマホの地図片手に××通り方面へ向かう。七月に入ったばかりにもかかわらず暑かった。陽射しに加え、アスファルトからの照り返しが不快指数を上昇させる。蝉の鳴き声がそれに拍車を掛けた。普段完全夜型の生活を送っているため、思いの外きつい。地球温暖化。そんな単語が頭に浮かぶ。
 暑さと車の排ガスに耐えて歩くこと十五分。目当てのマンションに着いた。直線的なデザインの十数階建て。高級なそれではない。それでも、家賃は俺が住んでいるアパートの倍はするだろう。
 気持ちを落ち着かせてから、呼び出しパネルに部屋番号を入力した。0705。数秒ののち、応答があった。落ち着いた男の声だった。
『はい、どちら様でしょう』
「HALに紹介された鈴木だけど」
 ためらいがちに言った。この時点でもまだ半信半疑だった。はあ、どちら様でしょう。九割近い確率でそんな声が返ってくると思っていた。
 予想は外れた。
『……鈴木様ですね。はい、伺っております。どうぞお上がりください』
 エントランスのドアロックが解除される音がした。
 俺は信じられない思いでそれを聞いた。

 2

 都内某所のマンションの一室で、賭けブースタードラフトが行われている。それも千円二千円のちゃちな遊びじゃない。一トップ十万の高レートギャンブル。
 そんな漫画じみた話を吹き込まれたのは、MOのドラフトの対戦後だった。
 その日も俺は、夜から朝までMOでドラフトに興じていた。朝から夜までじゃないのは、MOが海外時間で動いているからだ。
 六月の終わりにしては、蒸し暑い夜だった。我が家は八畳一間のワンルームアパートだ。パソコンデスクとベッドだけでスペースの大半が埋まるが、不便さはない。俺の日常にはその二つしか必要ないからだ。電気代節約のためクーラーはつけていなかった。その分、窓を全開にしているが、その日は風がなくあまり効果はなかった。
 その日、五回目となるドラフトの第三マッチ。1-1で迎えた第三ゲーム。ビートダウン同士の戦いは五分で終盤を迎えつつあった。俺のターンの第一メインフェイズ。残ライフは互いに7。場の生物は俺から見て5対4。除去やバットリを考慮するとかなり難しい局面だった。俺の手札にはパンプスペルがある。フルアタックして相手が除去を持っていなければ勝てる。が、相手は前のターンにアクションを取っておらず、除去を構えている可能性が高い。ならば大人しく待つのが定跡だが、相手のデッキにはこちらが対処できないボムが二枚入っている。引かれれば負けだ。待てば待つほどリスクは高まる。
 攻めるべきか、待つべきか。
 考えていると、画面が一瞬ぼやけた。ぶっ続けでドラフトをしていると、十時間を越えた辺りから目が霞んでくる。肩の凝りもひどい。何より眠かった。これが終わったらシャワーを浴びて寝よう。そんな風に考えながらマウスを操作した。
 相手は除去を持っていない。故にフルアタック。それが俺の判断だった。これまでの相手の挙動や画面越しに伝わる雰囲気から、そう結論を出した。こういった読みが外れることはほとんどない。
 相手のブロックは適切だった。通った生物にパンプスペルを使った。画面中央に[you win!]というメッセージが表示された。
 ようやく終わった。これで今日は3-0が三回、2-1が二回。不満のない成績だ。
 手を組んで伸びをした。これでようやく寝られる。そう思ったとき、対戦相手が話し掛けてきた。
 HAL:きみ、強いね。
 suzuki:どうも。
 HAL:もしかしてプロ?
 suzuki:違う。
 HAL:でも、強さはプロ並みだよ。
 suzuki:どうも。
 HAL:ずっとタダでドラフトできてるんでしょ。
 suzuki:まあな。
 HAL:そんなに強いのにプロになる気はないんだ?
 suzuki:ああ。
 レスが止まった。会話は終わったようだ。画面を切り替えようとマウスに手を伸ばす。
 HAL:ねえ、お金賭けてやるドラフトに興味ない?
 マウスを掴もうとしていた手が止まった。こいつ、何を言い出すんだ。
 suzuki:意味がわからない。
 HAL:そのまんまだよ。賭けドラフト。賭け麻雀とかと一緒。
 suzuki:金ってチケでも賭けるのか。
 HAL:違う。リアルの話。高レートの賭けドラをやってるマンションが都内にあるんだ。
 目が点になった。一瞬ののち、あくびが出た。
 suzuki:つまらん冗談だ。本気ならすぐに頭の病院へ行け。
 HAL:ホントだって。信じられないのも無理ないけど。
 ため息をついた。重度の妄想だろう。MOのやりすぎで漫画と現実の区別がつかなくなった。あるいは幼稚な悪戯の類。いずれにせよ、まともな神経の持ち主なら相手にせずドラフト画面を終了させる。
 だが、俺はまともじゃなかった。毎日部屋に籠もってドラフトをやり続けている人間がまともなはずがない。
 suzuki:詳細を教えろ。
 HAL:信じてくれたんだ。
 suzuki:信じちゃいない。話を聞くだけだ。
 軽い暇つぶしのつもりだった。どんな与太話が飛び出すのか、興味があった。穴や矛盾があったら容赦なく突いてやる。俺にしては珍しく、そんな意地の悪い気持ちになっていた。
 HALはルールやシステムについて説明した。それらは狂人の妄想や馬鹿の悪戯にしては、隙がなかった。細かい部分まで考えられていた。事実だけが持つ匂いを感じた。
 HAL:これでもまだ信じられない?
 悔しいが何も言い返せなかった。マンション麻雀ならぬマンションドラフト。常識で考えてありえるはずがない。なのに戯言と切り捨てることができない。
 気がつくとキーボードをタイプしていた。
 suzuki:お前が俺を紹介してくれるのか?
 HAL:うん。ラインかメアド教えて。場所と日時、追って連絡するから。
 俺はとても馬鹿なことをしている。そう頭の片隅で考えながら、スマホのメールアドレスを教えた。そして、チャットを終えた。
 最後のレスはこうだった。
 HAL:ようこそ、こちら側へ。
 それが先週の出来事である。
 だが、ある程度本気にしていたのはシャワーを浴びて寝るまでだった。翌朝には、頭がいい人間に一杯食わされたと気づいた。一日中MOをやり続けた頭は判断力が低下している。そこを見事に突かれた。二十七にもなって愚にもつかない悪戯に引っ掛かった自分が情けなかった。
 ところが数日後、HALからメールが届いた。場所と日時が記されていた。
 悪戯にしてはしつこく感じた。不気味さすら覚えた。
 最初は無視するつもりだった。だが、すぐに考えをあらためた。行くだけ行ってみよう。悪戯ならそれでいい。どうせ俺は無職だ。時間ならいくらでもある。そう自分に言い聞かせた。

 3

 小綺麗なロビーを抜けてエレベーターに乗った。
 七階で降り、五号室のドアの前に立つ。表札には美濃部と出ていた。
 エレベーターに乗ったときから、かすかな胸の高鳴りを感じていた。不安混じりの期待からだった。何かに期待するのはいつぶりだろう。この二年間、俺は死んだように生きてきた。安アパートでの半引き籠もり生活。MOのドラフトには没頭したが、そこには常にある種の虚しさがつきまとっていた。俺はこのアパートで生きたまま腐って死ぬんじゃないか。日々、そんな風に感じていた。だからこそ、この胸の高鳴りに生きている実感を覚えた。そうか、俺は生きている実感がほしかったんだ。だから与太話としか思えない話にも乗った。そう思った。
 深呼吸をしてから、チャイムを押した。ピンポーン、と間の抜けた音が鳴る。少しして、ドアの向こうに人の気配を感じた。鍵が外されてドアが開いた。
「いらっしゃいませ、鈴木様。ようこそおいでくださいました」
 髪を後ろに撫でつけた男が頭を下げた。年齢は五十前後。ポロシャツにベージュのチノパンツを穿いている。顔立ちは柔和で上品だ。休日に家でリラックスしている一流ホテルの支配人。そんな雰囲気を漂わせていた。
「わたくし、店長の美濃部と申します。さあ、どうぞお上がりください」
 中に通され、差し出されたスリッパに履き替える。ごく普通のマンションの玄関だ。美濃部に続いて廊下を進み、奥の部屋に入った。
 十二畳ほどのLDK。奥が全面ガラス戸の、明るい感じの洋間である。部屋の片隅には観葉植物が置かれ、壁にはMTGのイラストプリントが飾られている。鉄火場にはまるで見えない。
 部屋の中央に八人掛けの白いテーブルが置かれていた。先客が五人、席に着いていた。
「皆様、こちらHAL様の紹介でいらした、ご新規の鈴木様でいらっしゃいます」
 美濃部が俺を紹介した。俺は会釈した。反応は様々だった。
「へえ、ご新規さんか。久しぶりやな。オレは不動保(ふどうたもつ)や。よろしゅうな」
 五分刈りの坊主頭が言った。二十代前半。カーキ色のタンクトップに迷彩柄のハーフパンツをあわせている。くりっとした目が人懐っこそうだ。
「松崎です。よろしく」
 ほっそりとした野球帽の男が静かに言った。年がわかりづらいが、多分三十半ば。白のTシャツにジーンズを穿いている。
「…………」
 黙って会釈を返したのは頭にバンダナを巻いた男だ。二十代後半だろう。浅黒い肌と痩けた頬が、イスラム教の修行僧を思わせた。
 パーカーのフードを被った男はまったく反応を見せなかった。スマホを横に持ちゲームをしている。のっぺりした顔つき。年齢的には大学生くらいだろう。
 そこまでは別段、驚かされることもなかった。だが、五人目には面食らった。
「あたしは桜木美希。よろしく」
 女だった。しかも恐らくは高校生。ハーフ系の華やかな顔立ちで、金髪のショートボブがよく似合っている。服装はピンクのサマーセーターと黒の洒落たミニスカート。挨拶するときだけ俺を見たが、すぐに読書に戻った。
「お飲み物は何になさいますか」
 驚きで固まっていた俺に、美濃部が尋ねた。コーヒーを頼むと、「かしこまりました」と言ってキッチンに消えた。
 俺は努めて冷静になろうとした。どんな人間が相手だろうが関係ない。ただ勝つだけだ。そう自分に言い聞かせた。
「あんた、こういう場所は初めてか」
 椅子に座ると、不動が話し掛けてきた。社交が目的ではないだろう。ここは高レートの賭場だ。会話から俺の情報を得て利用する腹づもりに違いない。無言を貫く手もあったが、それでは俺も情報を得られない。ただでさえ情報面では新顔の俺が一番不利なのだ。ここは会話に乗って、逆に情報を得るべき場面だった。
「ああ、そうだ」
 すでに戦いは始まっている。慎重に答えた。嘘をつく手もあったが、下手に嘘をついても見破られるだけだ。基本的には素直に答えるべきだろう。
「緊張したやろ。何せマンションドラフトやからな」
「まあな。ロビーで呼び出しするまでは、悪戯だと思ってた」
「無理ないわな。オレかてそやったし。あんた、HALに誘われたってことはMO派やろ。なんてID?」
 さっそくきた。だが、思っていたよりはストレートだ。
「悪いが言えないな。過去にあんたと当たってたらピックの好みやプレイングの癖を覚えられてる可能性がある」
「つれへんなあ。それくらい教えてくれたってええやん」
「仕方ないよ。ここはそういう場なんだから」
 会話に加わってきたのは松崎だ。淡々とした喋り方が、落ち着いた印象を与える。
「せやかて松崎さん、せっかく何やから仲ようしたいやん」
「気持ちはわからないではないけどね」
 欧米人のように手の平を上に向け、ふっ、と笑う。
「ここ、どれくらいの頻度でやってるんだ」
「週一やな。たまにメンバーが揃わんで場が立たん週もあるけど」
「常連は何人くらい?」
「十四、五人ってとこちゃうか。ちょくちょくメンバー入れ替わるけど」
 HALから聞いた話の通りだ。嘘ではないだろう。
「あんたらはここに通って長いのか」
「オレはまだ半年ってとこやな」
「僕はそろそろ二年かな。わりと古株の方だよ」
 これだけの高レートだ。二年生き残ってるならかなりの実力の持ち主と見ていい。他の三人の常連期間も知りたかったが、それではあまりに露骨すぎる。
「HALはよく来るのか」
「いや、一度も来たことない」
 耳を疑った。
「一度も?」
「あいつは勧誘専門なんや。誘われた人間は多いが、会ったことある奴は一人もおらん。まあ、正体を隠して常連になっとるのかもしらんけど。例えばそこのゲーム小僧とか」
 言いながらフードの男に目をやった。フードの男はゲームを続けたまま言う。
「は? 意味不明。あんた頭おかしいんじゃないの。病院行けば?」
「相変わらず口悪いのー。てかさっき初対面やねんから会釈ぐらいせいや」
「そういうの時間の無駄」
「そういうところが怪しいんや。お前、ほんまはHALとちゃうかー?」
 そのとき、ふいに涼やかな声がした。
「そういうあんたこそHALなんじゃないの」
 桜木だった。本から顔は上げていない。
「いやあ、バレてしもたか……ってなんでやねん。オレとは全然タイプちゃうやろ」
「それを言ったら笹部も同じでしょ。ネット上の人格なんてどうにでもできるわけだし」
 笹部とはフード男のことだろう。口調からすると、笹部を特に庇っているわけではなさそうだ。
「そらそうやけど。でもオレは別に」
「まあいいじゃない、誰がHALでも。疑ったところで証明なんてできないんだし」
 松崎が言った。
「そうよ。それに賭場で素姓の詮索はマナー違反でしょ」
「その通りでございますね」
 そう言ったのはコーヒーを運んできた美濃部だ。やんわりとした口調で釘を刺す。
「不動様、戯れにしても軽率な発言は慎んでくださいますようお願いします」
「す、すんません。で、でもやな、やっぱHALの正体は気になるで」
「では、HAL様の正体はわたくしだった、ということでご納得くださいませ」
 無駄のない所作で俺の前にコーヒーを置き、微笑む。美濃部さんにはかなわんわ、と不動が苦笑いした。場の空気が弛緩した。
 俺がコーヒーに口をつけたのを確認してから、美濃部は言った。
「鈴木様、HAL様から当店のルールは聞き及んでいらっしゃいますね」
「ああ、一通りは」
「確認のため、ご説明させて頂きます。当店はブースタードラフト専門店です。ゲーム代はパック料金を含め一回一万円。金銭の授与ですが、ドラフト終了後、八位の方が一位の方に十万円を、同じく七位が二位に七万五千円、六位が三位に五万円、五位が四位に二万五千円をお支払い頂く仕組みです。最低参加回数は一日四回。それ以降は参加者全員の合意があれば何回続けて頂いても構いません。最低参加回数以内で途中抜けする場合、残りのドラフトは八位扱いとなり、その分の金銭をお支払いして頂きます。また、見せ金として四十万円を最初に預からせて頂きます。ここまではよろしいですか」
 頷いた。HALから聞いた話の通りだ。
「使用するセットは『ラヴニカへの回帰』以後からランダムで選ばせて頂きます。ただし『コンスピラシー』『コンスピラシー2』は除きます」
 俺がドラフトを始めたのは『M13』からだ。経験値面での心配はない。
「ピック方法、ピック時間、構築時間、対戦時間は競技ルールに準じます。ルール適応度は競技です。対戦中の持ち時間は特に設けませんが、スロープレイ等にはご注意ください。ジャッジの判断で警告、ゲームロスを出す場合がございます。時間切れの際は追加五ターンののち、残ライフの多いプレイヤーが勝者となります」
 ほぼ一般的なルールだろう。問題はない。
「構築は各対戦テーブルで行って頂きます。対戦テーブルはひとつですが、対戦中は横だけ、構築中は正面と横を仕切りで目隠しいたします。同様に、対戦中は、対戦相手の声のみが聞こえるヘッドフォンを装着して頂きます」
 デッキ内容の漏洩を防止するための仕組みだ。よく考えられている。
「基本土地とスリーブはこちらで用意したものを使用して頂きます。デッキケース、ライフ記入用紙、ペン、ダイス、トークンカードも同様です。また、MTGのカードは一切持ち込み禁止です。各ドラフト後、ピックしたカードは回収させて頂きます。なお、ドラフトポッド及び対戦テーブルは、常時個別の監視カメラで撮影しております」
 不正防止のためだろう。これらも当然と言える。
「対戦テーブルの周囲には、常時一人のジャッジが巡回しています。ルール等の質問がお有りでしたら、お気軽にお声かけください。また、不正行為に関してですが、不正を見かけてもジャッジから指摘することはございません」
 聞いていない話だった。思わず美濃部を見た。ジャッジが不正を指摘しない、だと?
 美濃部は微笑みを浮かべたまま続ける。
「対戦相手の不正にお気づきになった際は、ジャッジに申告することができます。申告を受けたジャッジは録画映像やボディチェックにより不正の有無を判断。申告が認められると、申告されたプレイヤーはそのマッチに敗北するとともに、罰金五十万円を申告者にお支払い頂きます。申告が認められない場合は、逆に申告者が申告されたプレイヤーに五十万円を支払うことになりますのでご注意ください」
 罰金覚悟ならイカサマもあり。イカサマも勝負の内、ってことか。
「ジャッジはわたくし、美濃部が勤めさせて頂きます。ルール説明は以上です。何かご質問はございますか」
 考えた。特に気になる点はない。大丈夫だ、と答えた。
「かしこまりました。もし気になる点がございましたら、いつでもお気軽にお尋ねくださいませ」
 一礼して、美濃部はキッチンに戻っていった。
「どや、イカサマアリとは驚いたやろ」
 ああ、と素直に頷いた。
「今まで罰金を払った奴はいるのか」
「おらんわけではないな。滅多にないことやけど。なんせ罰金五十万や。監視カメラもあるし、リスクが高すぎる」
 それはそうだろう。五十万といえば五ラス分だ。一度や二度のトップのためにするとしても割に合わない。
 それでも、やる奴がいないわけではないのだ。俺は気を引き締め直した。
 会話が途切れた。
「残りの二人、遅いな」
 松崎が時計を見て言った。集合時間の一時半を二十分過ぎている。
 そのとき、計ったようにチャイムが鳴った。美濃部がパネルで応対した。
「最後のお二方がいらっしゃいました」
「さーて、誰がお出ましやろな」
 一分ほどして、またチャイムが鳴った。美濃部が玄関に向かう。戻ってきたときには、二人の男を引き連れていた。
「みんな、遅れてごめん。デジゲの番組の収録が押しちゃってさ」
 先に入ってきた男が爽やかな笑顔で言った。チェック柄のポロシャツに、オフホワイトのチノパンツをあわせている。セットされた短い髪と、細い眉の凜々しい顔立ち。中肉中背だが、全身から溢れる自信が体を一回り大きく見せている。
「ったく、今日は暑くて嫌になるぜ。おっさん、コーラくれ」
 後から入ってきた男が美濃部に言った。百八十半ばの長身。筋肉質で、真っ赤なTシャツから伸びた二の腕は丸太のようだ。下は黒のダメージジーンズ。短い金髪をワックスで後ろに流すように立てている。顔つきはシャープで、目つきの鋭さは猛禽類並だった。
 俺は目を疑った。言葉も失った。
 まさか、なんでこんな連中がここに……。
 日本人MTGプレイヤーで、この二人を知らない人間はまずいない。
 ジャパニーズドラゴン・沢渡龍之介(さわたりりゅうのすけ)。
 ワイルドハウンド・瀬葉克也(せばかつや)。
 そこにいたのは、日本を代表するプラチナプレイヤーだった。

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