エピソード9 Mariners win!!!
ちと間が空きましたが最終回です。
野球の話ばかりですが、弱小球団が一番盛り上がった場面です。
(最後に動画あり)
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9月のマリナーズの快進撃はLilyから送られてくる「シアトル・タイムス」のスポーツセクションで詳しく知ることになった。
その中にカードが入っていた。
2週間も早いバースデーカードだ。誰よりも早く祝いたかったらしい。
それはとてもうれしいことだったが、ニュースは同じくらい素晴らしいものだった。
マリナーズの快進撃は9月に入って更に加速、月末にはついに首位エンジェルスに並んだのだ。
一時単独首位に立ったが、テキサスでの最終2試合に破れてエンジェルスと同率首位、キング・ドームでエンジェルスと地区優勝をかけて1ゲーム・プレーオフが行なわれることになった。
なぜなら東地区2位のヤンキースがこの西地区の両チームより成績がよかったので、先にワイルド・カードを決めていたのだ。
マリナーズがプレーオフに出るためには地区優勝しかなくなったのである。
地区優勝をかけたこの試合、先発投手はジョンソン、相手はマーク・ラングストンだ。
ラングストンはかつてのマリナーズのエースで、1989年シーズン途中でエクスポズにトレードされた。そのトレードでマリナーズ入りしたのがジョンソンだったのである。
この大一番で2人が投げ合うのは因縁と言うべきか。
だが、勢いの差は歴然、ジョンソンは強打のエンジェルスを3安打に抑え完投、9-1で見事球団史上初のプレーオフ進出を決めた。
優勝の決まったマウンドで高々と天を指すジョンソンの姿が目に浮かぶ。
Lilyのメモによると街の騒ぎは大変なものだったようだ。
ドームもシーズン当初は2万人に満たなかったが、9月は5万5千人以上の観客であふれかえっていたらしい。
当時野球にはあまり興味を示さなかったシアトルが今のようなベースボール・タウンになったのはこの優勝があったからである。
それがなければ、新球場(セーフコ・フィールド→現Tモバイル・パーク)建設の住民投票も否決され、アリゾナ・マリナーズとでもなっていたことだろう。
その後、ディビジョン・シリーズ(5試合制)ではニューヨークでのヤンキース戦に2連敗、あとがない状態でシアトルに戻るが、エース・ジョンソンがまずシアトル初のプレーオフ・ゲームを制する。
1勝2敗で迎えた第4戦、0-5の劣勢からエドガー・マルティネスが3ランホームラン。そしてさらに満塁本塁打も放ち、11-8で勝利、最終戦に期待を寄せる。
最終戦、7回を終わって4-2でヤンキース優勢、8回にグリフィーの本塁打で一点差、更に同点に。
終盤、中1日でジョンソンがリリーフ、しかし延長11回表、1点をとられてしまう。
その裏走者2人置いて打者はまたもエドガー・マルティネス。レフトへの2塁打で1塁走者のグリフィーも一気に本塁をつき、劇的なサヨナラ勝ち!
2連敗からの3連勝を地元で逆転サヨナラ勝利だ、盛り上がらないわけがない。
ホームベース上でもみくちゃになる選手たち、鳴り止まない歓声、華やかな花火の明かりと響く重低音。誰でもそんな瞬間に立ち会いたいものだ。
次のリーグチャンピオンシップシリーズはインディアンズ相手に先勝したものの結局2勝4敗で敗れてしまった。
最終戦はシアトルでの試合で、仲の良かった学校の先生も観に行っていた。
そのときの様子をシアトル・タイムスのマリナーズのシーズン総集編と球場で売られている「マリナーズ・マガジン」のプレーオフ版と共に送ってくれた。
最後敗れたもののすぐにその場を去るファンはおらず、みんなが拍手と歓声をここまでやってきた選手たちに感謝とねぎらい・尊敬の念をこめて送ったそうだ。
それは何十分たっても収まらず、最後には負けたばかりで気落ちしている選手たちもフィールドに戻ってきてその歓声に応えたそうだ。
なんと美しい光景だろう。思い浮かべるだけで涙がこぼれてくる。
ちなみにシアトル・タイムスによるとこのプレーオフ11試合の地元のテレビ視聴率は軒並み50%を越えていたとなっている。
こうしてマリナーズのマジカル・シーズンは終わった。
一番いいところは見れなかったが、一番いい時期にシアトルに滞在できたことをとても誇りに思っている。
ベースボール・シーズンまでに時間がかかったが、それまでに英語力もついたのでより楽しめたし、一緒に観戦してくれるLilyにも出会うことができた。
シアトルを選んだ私の選択は間違っていなかったのだ。
今でも、そう思っている。
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そのサヨナラ勝ちしたディビジョン・シリーズの第5戦は最近になって公式にYouTubeにアップされているのを見た。
最後のサヨナラ勝ちの場面は3:39:39からです。興味のある方はぜひ!
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