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第8章 「太った婦人」の逃走 3

「あの猫を捕まえろ!」ロンが叫んだ。
クルックシャンクスは抜け殻のカバンを離れ、テーブルに飛び移り、命からがら逃げるスキャバーズのあとを追った。

ジョージ・ウィーズリーがクルックシャンクスを取っ捕まえようと手を伸ばしたが、取り逃がした。
スキャバーズは二十人の股の下をすり抜け、古い整理箪笥の下に潜り込んだ。クルックシャンクスはその前で、急停止し、ガニ股の足を曲げてかがみ込み、前足を箪笥の下に差し入れてはげしくいた。

ロンとハーマイオニーが駆けつけた。
ハーマイオニーはクルックシャンクスの腹を抱え、ウンウン言って引き離した。ロンはベッタリ腹這いになり、さんざんてこずったが、スキャバーズの尻尾をつかんで引っ張り出した。

「見ろよ!」ロンはカンカンになって、スキャバーズをハーマイオニーの目の前にぶら下げた。
「こんなに骨と皮になって!その猫をスキャバーズに近づけるな!」
「クルックシャンクスにはそれが悪いことだってわからないのよ!」ハーマイオニーは声を震わせた。
「ロン、猫はネズミを追っかけるもんだわ!」
「そのケダモノ、なんかおかしいぜ!」
ロンは必死にじたばたしているスキャバーズをなだめすかしてポケットに戻そうとしていた。
「スキャバーズは僕のカバンの中だって言ったのを、そいつ聞いたんだ!」
「ばかなこと言わないで」ハーマイオニーが切り返した。
「クルックシャンクスは臭いでわかるのよ、ロン。ほかにどうやって__」
「その猫、スキャバーズに恨みがあるんだ!」
周りの野次馬がクスクス笑い出したが、ロンはおかまいなしだ。
「いいか、スキャバーズの方が先輩なんだぜ。その上、病気なんだ!
ロンは肩をいからせて談話室を横切り、寝室に向かう階段へと姿を消した。

翌日もまだ、ロンは険悪なムードだった。植物学の時間中もハリーとハーマイオニーとロンが一緒に「花咲か豆」の作業をしていたのに、ロンはほとんどハーマイオニーと口をきかなかった。

豆の木からふっくらしたピンクのさやをむしり取り、中からつやつやした豆を押し出して桶に入れながら、ハーマイオニーがおずおずと聞いた。
「スキャバーズはどう?」
「隠れてるよ。僕のベッドの奥で、震えながらね」
ロンは腹を立てていたので、豆が桶に入らず、温室の床に散らばった。
「気をつけて、ウィーズリー。気をつけなさい!」
スプラウト先生が叫んだ。豆がみんなの目の前でパッと花を咲かせはじめたのだ。

つぎは変身術だった。ハリーは、授業のあとでマクゴナガル先生に、ホグズミードに行ってもよいかと尋ねようと心を決めていたので、教室の外に並んだ生徒の一番後ろに立ち、どうやって切り出そうかと考えを巡らせていた。
ところが、列の前の方が騒がしくなり、そっちに気を取られた。

ラベンダー・ブラウンが泣いているらしい。パーバティが抱きかかえるようにして、シェーマス・フィネガンとディーン・トーマスに何か説明していた。二人とも深刻な表情で聞いている。

「ラベンダー、どうしたの?」
ハリーやロンと一緒に騒ぎの輪に入りながら、ハーマイオニーが心配そうに聞いた。
「今朝、お家から手紙が来たの」パーバティが小声で言った。
「ラベンダーのウサギのビンキー、狐に殺されちゃったんだって」
「まあ。ラベンダー、かわいそうに」ハーマイオニーが言った。
「わたし、うかつだったわ!」ラベンダーは悲嘆に暮れていた。
「今日が何日か、知ってる?」
「えーっと」
「十月十六日よ!『あなたの恐れていることは、十月十六日に起こりますよ!』覚えてる?先生は正しかったんだわ。正しかったのよ!」

いまや、クラス全員がラベンダーの周りに集まっていた。シェーマスは小難しい顔で頭を振っていた。
ハーマイオニーは一瞬躊躇ちゅうちょしたが、こう聞いた。
「あなた__あなた、ピンキーが狐に殺されることをずっと恐れていたの?」
「ウウン、狐ってかぎらないけど」ラベンダーはぼろぼろ涙を流しながらハーマイオニーを見た。
「でも、ピンキーが死ぬことをもちろんずっと恐れてたわ。そうでしょう?」
「あら」ハーマイオニーはまた一瞬間をおいたが、やがて__「ピンキーって年寄りウサギだった?」
「ち、ちがうわ!」ラベンダーがしゃくりあげた。
「あ、あの子、まだ赤ちゃんだった!」
パーバティがラベンダーの肩を一層きつく抱き締めた。
「じゃあ、どうして死ぬことなんか心配するの?」
ハーマイオニーが聞いた。
パーバティがハーマイオニーを睨みつけた。
「ねえ、論理的に考えてよ」ハーマイオニーは集まったみんなに向かって言った。
「つまり、ピンキーは今日死んだわけでもない。でしょ?ラベンダーはその知らせを今日受け取っただけだわ__」
ラベンダーの泣き声がひときわ高くなった。
「__それに、ラベンダーがそのことをずっと恐れていたはずがないわ。だって、突然知ってショックだったんだもの__」
「ラベンダー、ハーマイオニーの言うことなんか気にするな」ロンが大声で言った。
「人のペットのことなんて、どうでもいいやつなんだから」

ちょうどそのとき、マクゴナガル先生が教室のドアを開けた。
まさにいいタイミングだった。ハーマイオニーとロンが火花を散らして睨み合っていた。
教室に入手tもハリーを挟んで両側に座り、授業中ずっと口もきかなかった。


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