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第17章 猫、ネズミ、犬 4

影の中に立つ男が、二人の入ってきたドアをピシャリと閉めた。

汚れきった髪がモジャモジャと肘まで垂れている。暗い落ち窪んだ眼窩の奥で目がギラギラしているのが見えなければ、まるで死体が立っているといってもいい。
血の気のない皮膚が顔の骨にぴったりと張りつき、まるで髑髏どくろのようだ。ニヤリと笑うと黄色い歯がむき出しになった。
シリウス・ブラックだ。

エクスペリアームス、武器よ去れ!
ロンの杖を二人に向け、ブラックがしわがれた声で唱えた。

ハリーとハーマイオニーの杖が二人の手から飛び出し、高々と宙を飛んでブラックの手に収まった。
ブラックが一歩近づいた。その目はハリーをしっかり見据えている。
「君なら友を助けにくると思った」
かすれた声だった。声の使い方を長いこと忘れていたかのような響きだった。
「君の父親もわたしのためにそうしたに違いない。君は勇敢だ。先生の助けを求めなかった。ありがたい……その方がずっと事は楽だ……」
父親についての嘲るような言葉が、ハリーの耳にはまるでブラックが大声で叫んだかのように鳴り響いた。
ハリーの胸は憎しみで煮えくり返り、恐れのかけらが入り込む余地もなかった。
杖を取り戻したかった。生まれて初めてハリーは、身を守るためにではなく、攻撃のために杖がほしかった……殺すためにほしかった。
我を忘れ、ハリーは身を乗り出した。すると、突然ハリーの両脇で何かが動き、二組の手がハリーをつかんで引き戻した。
「ハリー、だめ!」
ハーマイオニーは凍りついたようなか細い声で言った。
しかし、ロンはブラックに向かって言い放った。
「ハリーを殺したいのなら、僕たちも殺すことになるぞ!」
激しい口調だった。しかし、立ち上がろうとしたことで、ロンはますます血の気を失い、しゃべりながらわずかによろめいた。

ブラックの影のような目に何かがキラリと光った。
「座っていろ」ブラックが静かにロンに言った。「脚の怪我がよけいひどくなるぞ」
「聞こえたのか?」
ロンは弱々しく言った。それでもロンは、痛々しい姿でハリーの肩にすがり、まっすぐ立っていようとした。
「僕たち三人を殺さなきゃならないんだぞ!」
「今夜はただ一人を殺す」ブラックのニヤリ笑いがますます広がった。
「なぜなんだ?」
ロンとハーマイオニーの手を振りほどこうとしながら、ハリーが吐き棄てるように聞いた。
「この前は、そんなこと気にしなかったはずだろう?ペティグリューをるために、たくさんのマグルを無残に殺したんだろう?……どうしたんだ。アズカバンで骨抜きになったのか?」
「ハリー!」ハーマイオニーが哀願するように言った。「黙って!」
こいつが僕の父さんと母さんを殺したんだ!
ハリーは大声をあげた。そして渾身の力で二人の手を振り解き、前方めがけて跳びかかった__。

魔法を忘れ果て、自分がやせて背の低い十三歳であることも忘れ果て、相手のブラックが背の高い大人の男であることも忘れ果てていた。
できるだけむごくブラックを傷つけてやりたい、その思い一筋ひとすじだった。返り討ちで自分がどんなに傷ついてもいい……。

ハリーがそんな愚かな行為に出たのがショックだったのか、ブラックは杖を上げ遅れた。
ハリーは片手で、やせこけたブラックの手首をつかみ、ひねって杖先をそらせ、もう一方の手の拳でブラックの横顔を殴りつけた。二人は仰向けに倒れ壁にぶつかった__。

ハーマイオニーが悲鳴をあげ、ロンはわめいていた。
ブラックの持っていた三本の杖から火花が噴射し、危うくハリーの顔をそれたが、目もくらむような閃光せんこうが走った。
ハリーは、しなびた腕が激しくもがくのを指に感じたが、むしゃぶりついて放さなかった。もう一方の手で、ブラックの体のどこそこかまわず、ハリーは手当たり次第殴り続けた。

しかし、ブラックは自由な方の手でハリーの喉を捕らえた。
「いいや」ブラックが食いしばった歯の間から言った。「もう遅すぎる__」
指が締めつけてきた。ハリーは息が詰まり、メガネがずり落ちかけた。

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