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第17章 四人の代表選手 5

急に目の前に「太った婦人レディ」が現れて、ハリーはびっくりした。
自分の足が体をどこに運んでいるのか、ほとんど気づかなかった。
額の中の婦人レディが一人ではなかったのにも驚かされた。
ほかの代表選手と一緒だったあの部屋で、サッと隣の額に入り込んだあのシワシワ魔女が、いまは「太った婦人レディ」のそばにちゃっかり腰を落ち着けていた。
七つもの階段に沿ってかけられている、絵という絵の中を疾走して、ハリーより先にここに着いたに違いない。
「シワシワ魔女」も「太った婦人レディ」も、興味津々でハリーを見下ろしていた。

「まあ、まあ、まあ」太った婦人レディが言った。
「バイオレットがいましがた全部話してくれたわ。学校代表に選ばれたのは、さあ、どなたさんですか?」
ボールダーダッシュたわごと」ハリーは気のない声で言った。
「絶対戯言じゃないわさ!」顔色の悪いシワシワ魔女が怒ったように言った。
「ううん、バイ、これ、合言葉なのよ」
「太った婦人レディ」はなだめるようにそう言うと、額の蝶番ちょうつがいをパッと開いて、ハリーを談話室の入口へと通した。

肖像画が開いたとたんに大音響がハリーの耳を直撃し、ハリーは仰向けに引っくり返りそうになった。
次の瞬間、10人あまりの手が伸び、ハリーをがっちり捕まえて談話室に引っ張り込んだ。
気がつくとハリーは、拍手喝采、大歓声、ピーピー口笛を吹き鳴らしているグリフィンドール生全員の前に立たされていた。

「名前を入れたなら、教えてくれりゃいいのに!」
なかば当惑し、半ば感心した顔で、フレッドが声を張りあげた。
「髭もはやさずに、どうやってやった?すっげえなあ!」ジョージが大声で叫んだ。
「僕、やってない」
ハリーが言った。
「わからないんだ。どうしてこんなことに__」
しかし、今度はアンジェリーナがハリーに覆い被さるように抱きついた。
「ああ、わたしが出られなくても、少なくともグリフィンドールが出るんだわ__」
「ハリー、ディゴリーに、この前のクィディッチ戦のお返しができるわ!」
グリフィンドールのもう一人のチェイサー、ケイティ・ベルが甲高い声をあげた。
「ご馳走があるわ。ハリー、来て。なんか食べて__」
「お腹空いてないよ。宴会で十分食べたし__」
しかし、ハリーが空腹ではないなどと、だれも聞こうとはしなかった。
ゴブレットに名前を入れなかったなどと、だれも聞こうとはしなかった。
ハリーが祝う気分になれないことなど、だれ一人気づく者はいないようだ……リー・ジョーダンはグリフィンドール寮旗りょうきをどこからか持ち出してきて、ハリーにそれをマントのように巻きつけると言ってきかなかった。
ハリーは逃げられなかった。
寝室に上る階段のほうにそっとにじり寄ろうとするたびに、人垣が周りを固め、やれバタービールを飲めと無理やり勧め、やれポテトチップスを食え、ピーナッツを食えとハリーの手に押しつけた……だれもが、ハリーがどうやったのかを知りたがった。
どうやってダンブルドアの「年齢線」を出し抜き、名前をゴブレットに入れたのかを……。

「僕、やってない」
ハリーは何度も何度も繰り返した。
「どうしてこんなことになったのか、わからないんだ」
しかし、どうせだれも聞く耳を持たない以上、ハリーが何も答えていないも同様だった。
「僕、疲れた!」
30分もたったころ、ハリーはついに怒鳴った。
「ダメだ。ほんとに。ジョージ__僕、もう寝るよ__」
ハリーは何よりもロンとハーマイオニーに会いたかった。
少しでも正気に戻りたかった。
しかし、二人とも談話室にはいないようだった。
ハリーはどうしても寝ると言い張り、階段の下で小柄なクリービー兄弟がハリーを待ち受けているのを、ほとんど踏み潰しそうになりながら、やっとのことでみんなを振り切り、寝室への階段をできるだけ急いで上った。

だれもいない寝室に、ロンがまだ服を着たまま一人でベッドに横になっているのを見つけ、ハリーはホッとした。
ハリーがドアをバタンと閉めると、ロンがこっちを見た。
「どこにいたんだい?」ハリーが聞いた。
「ああ、やあ」ロンが答えた。
ロンはニッコリしていたが、何か不自然で、無理やり笑っている。
ハリーは、リーに巻きつけられた真紅のグリフィンドール寮旗が、まだそのままだったことに気づいた。
急いで取ろうとしたが、旗は固く結びつけてあった。
ロンはハリーが旗を取ろうともがいているのを、ベッドに横になったまま、身動きもせずに見つめていた。

「それじゃ」
ハリーがやっと旗を取り、隅のほうに放り投げると、ロンが言った。
「おめでとう」
「おめでとうって、どういう意味だい?」
ハリーはロンを見つめた。
ロンの笑い方は、絶対に変だ。
しかめっ面といったほうがいい。
「ああ……ほかにだれも『年齢線』を越えた者はいないんだ」
ロンが言った。
「フレッドやジョージだって。君、何を使ったんだ?__透明マントか?」
「透明マントじゃ、僕は線を越えられないはずだ」ハリーがゆっくり言った。
「ああ、そうだな」
ロンが言った。
「透明マントだったら、君は僕にも話してくれただろうと思うよ……だって、あれなら二人でも入れるだろ?だけど、君は別の方法を見つけたんだ。そうだろう?」
「ロン」
ハリーが言った。
「いいか。僕はゴブレットに名前を入れてない。ほかのだれかがやったに違いない」
ロンは眉を吊り上げた。
「なんのためにやるんだ?」
「知らない」ハリーが言った。
「僕を殺すために」などと言えば、俗なメロドラマめいて聞こえるだろうと思ったのだ。
ロンは眉をさらにギュッと吊り上げた。
あまりに吊り上げたので、髪に隠れて見えなくなるほどだった。
「大丈夫だから、な、僕にだけはほんとうのことを話しても」
ロンが言った。
「ほかのだれかに知られたくないっていうなら、それでいい。だけど、どうして嘘つく必要があるんだい?名前を入れたからって、別に面倒なことになったわけじゃないんだろう?あの『太った婦人レディ』の友達のバイオレットが、もう僕たち全員にしゃべっちゃったんだぞ。ダンブルドアが君を出場させるようにしたってことも。賞金一千ガリオン、だろ?それに、期末テストを受ける必要もないんだ……」
「僕はゴブレットに名前を入れてない!」ハリーは怒りが込み上げてきた。
「フーン。オッケー」
ロンの言い方は、セドリックのとまったく同じで、信じていない口調だった。
「今朝、自分で言ってたじゃないか。自分なら昨日の夜のうちに、だれも見ていないときに入れたろうって……。僕だってバカじゃないぞ」
「バカの物真似がうまいよ」ハリーはバシッと言った。
「そうかい?」
作り笑いだろうがなんだろうが、ロンの顔には、もう笑いのひとかけらもない。
「君は早く寝たほうがいいよ、ハリー。明日は写真撮影とかなんか、きっと早く起きる必要があるんだろうよ」
ロンは四本柱のベッドのカーテンをグイッと閉めた。
取り残されたハリーは、ドアのそばで突っ立ったまま、深紅のビロードのカーテンを見つめていた。
いま、そのカーテンは、まちがいなく自分を信じてくれるだろうと思っていた数少ない一人の友を、覆い隠していた。

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