第20章 第一の課題 7
ドラゴンが、ハリーがいったい何をしたのか、どこに消えたのかに気づく前に、ハリーは全速力で突っ込んだ。
鉤爪のある前脚が離れ、無防備になった卵めがけて一直線に__ファイアボルトから両手を離した__ハリーは金の卵をつかんだ__。
猛烈なスパートをかけ、ハリーはその場を離れた。
スタンドの遥か上空へ、ズシリと重たい卵を、怪我しなかったほうの腕にしっかり抱え、ハリーは空高く舞い上がった。
まるでだれかがボリュームを元に戻したかのように__はじめて、ハリーは大観衆の騒音を確かにとらえた。
観衆が声をかぎりに叫び、拍手喝采している。
ワールドカップのアイルランドのサポーターのように__。
「やった!」
バグマンが叫んでいる。
「やりました!最年少の代表選手が、最短時間で卵を取りました。これでポッター君の優勝の確立が高くなるでしょう!」
ドラゴン使いが、ホーンテールを鎮めるのに急いで駆け寄るのが見えた。
そして囲い地の入口に、急ぎ足でハリーを迎えにくるマクゴナガル先生、ムーディ先生、ハグリッドの姿が見えた。
みんながハリーに向かって、こっちへ来いと手招きしている。
遠くからでもはっきりとみんなの笑顔が見えた。
鼓膜が痛いほどの大歓声の中、ハリーはスタンドへと飛び戻り、鮮やかに着地した。
何週間振りかの爽快さ……最初の課題をクリアした。
僕は生き残った……。
「すばらしかったです。ポッター!」
ファイアボルトを降りたハリーに、マクゴナガル先生が叫んだ__マクゴナガル先生としては、最高級の誉め言葉だ。
ハリーの肩を指差したマクゴナガル先生の手が震えているのに、ハリーは気がついた。
「審査員が点数を発表する前に、マダム・ポンフリーに見てもらう必要があります……さあ、あちらへ。もうディゴリーも手当てを受けています……」
「やっつけたな、ハリー!」
ハグリッドの声がかすれていた。
「おまえはやっつけたんだ!しかも、あのホーンテールを相手にだぞ。チャーリーが言ったろうが。あいつが一番ひどい__」
「ありがとう。ハグリッド」
ハリーは声を張りあげた。
ハグリッドがハリーに前もってドラゴンを見せたなど、うっかりバラさないようにだ。
ムーディ先生もとてもうれしそうだった。
「魔法の目」が、眼窩の中で踊っていた。
「簡単でうまい作戦だ。ポッター」
唸るようにムーディが言った。
「よろしい。それではポッター、救急テントに、早く……」
マクゴナガル先生が言った。
まだハアハア息を弾ませながら、囲い地から出たハリーは、二番目のテントの入口で心配そうに立っているマダム・ポンフリーの姿を見た。
「ドラゴンなんて!」
ハリーをテントに引き入れながら、マダム・ポンフリーが苦りきったように言った。
テントは小部屋に分かれていて、キャンバス地を通して、セドリックだとわかる影が見えた。
セドリックのけがは大したことはなさそうだった。
少なくとも、上半身を起こしていた。
マダム・ポンフリーはハリーの肩を診察しながら、怒ったようにしゃべり続けた。
「去年は吸魂鬼、今年はドラゴン、次は何を学校に持ち込むことやら?あなたは運がよかったわ……傷は浅いほうです……でも、治す前に消毒が必要だわ……」
マダム・ポンフリーは傷口を、なにやら紫色の液体で消毒した。
煙が出て、ピリピリ滲みた。
マダム・ポンフリーが杖でハリーの肩を軽く叩くと、ハリーは、傷がたちまち癒えるのを感じた。
「さあ、しばらくじっと座っていなさい__お座りなさい!そのあとで点数を見にいってもよろしい」
マダム・ポンフリーは慌ただしくテントを出ていったが、隣の部屋に行って話をするのが聞こえてきた。
「気分はどう?ディゴリー?」
ハリーはじっと座っていたくなかった。
まだアドレナリンではちきれそうだった。
立ち上がり、外で何が起こっているのか見ようとしたが、テントの出口にも辿り着かないうちに、だれか二人が飛び込んできた__ハーマイオニーと、すぐ後ろにロンだった。
「ハリー、あなた、すばらしかったわ!」
ハーマイオニーが上ずった声で言った。
顔に爪の跡がついている。
恐怖でギュッと爪を立てていたのだろう。
「あなたって、すごいわ!あなたって、ほんとうに!」
しかし、ハリーはロンを見ていた。
真っ青な顔で、まるで幽霊のようにハリーを見つめている。
「ハリー」
ロンが深刻な口調で言った。
「君の名前をゴブレットに入れたやつがだれだったにしろ__僕__僕、やつらが君を殺そうとしてるんだと思う」
この数週間が、溶け去ったかのようだった__まるで、ハリーが代表選手になったその直後にロンに会っているような気がした。
「気がついたってわけかい?」
ハリーは冷たく言った。
「ずいぶん長いことかかったな」
ハーマイオニーが心配そうに二人の間に立って、二人の顔を交互に見ていた。
ロンが曖昧に口を開きかけた。
ハリーにはロンが謝ろうとしているのがわかった。
突然、ハリーは、そんな言葉を聞く必要がないのだと気づいた。
「いいんだ」
ロンが何も言わないうちにハリーが言った。
「気にするな」
「いや」
ロンが言った。
「僕、もっと早く__」
「気にするなって」
ハリーが言った。
ロンがおずおずとハリーに笑いかけた。
ハリーも笑い返した。
ハーマイオニーがワッと泣き出した。
「なにも泣くことないじゃないか!」
ハリーはおろおろした。
「二人とも、ほんとに大バカなんだから!」
ハーマイオニーは地団駄を踏みながら、ボロボロ涙を流し、叫ぶように言った。
それから、二人が止める間もなく、ハーマイオニーは二人を抱き締め、今度はワンワン泣き声をあげて走り去ってしまった。
「狂ってるよな」
ロンがやれやれと頭を振った。
「ハリー、行こう。君の点数が出るはずだ……」
金の卵とファイアボルトを持ち、一時間前にはとうてい考えられなかったほど意気揚々とした気分で、ハリーはテントをくぐり、外に出た。
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