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第9章 闇の印 4

屋敷しもべ妖精のウィンキーが近くの灌木かんぼくの茂みから抜け出そうともがいていた。
動き方が奇妙キテレツで、見るからに動きにくそうだ。まるで、見えないだれかが後ろから引き止めているようだった。

「悪い魔法使いたちがいる!」
前のめりになって懸命に走り続けようとしながら、ウィンキーはキーキー声で口走った。
「人が高く__空に高く!ウィンキーは退くのです!」
そしてウィンキーは、自分を引き止めている力と抵抗しながら、息を切らし、キーキー声をあげ、小道のむこう側の木立へと消えていった。

「いったいどうなってるの?」
ロンは、ウィンキーの後ろ姿をいぶかしげに目で追った。
「どうしてまともに走れないんだろ?」
「きっと、隠れてもいいっていう許可を取ってないんだよ」ハリーが言った。
ドビーのことを思い出していたのだ。マルフォイ一家の気に入らないかもしれないことをするとき、ドビーは自分をいやというほど殴った。
「ねえ、屋敷妖精って、とっても不当な扱いを受けてるわ!」
ハーマイオニーが憤慨した。
「奴隷だわ。そうなのよ!あのクラウチさんていう人、ウィンキーをスタジアムのてっぺんに行かせて、ウィンキーはとっても怖がってた。その上、ウィンキーに魔法をかけて、あの連中がテントを踏みつけにしはじめても逃げられないようにしたんだわ!どうしてだれも抗議しないの?
「でも、妖精たち、満足してるんだろ?」ロンが言った。
「ウィンキーちゃんが競技場で言ったこと、聞いたじゃなないか……『しもべ妖精は楽しんではいけないのでございます』って……そういうのが好きなんだよ。振り回されてるのが……」
「ロン、あなたのような人がいるから」
ハーマイオニーが熱くなりはじめた。
「腐敗した、不当な制度を支える人たちがいるから。単に面倒だから、という理由で、なんにも__」
森のはずれから、またしても大きな爆音が響いてきた。
「とにかく先へ行こう。ね?」
ロンがそう言いながら、気遣わしげにチラッとハーマイオニーを見たのを、ハリーは見逃さなかった。
マルフォイの言ったことも真実をついているかもしれない。ハーマイオニーがほかのだれよりもほんとうに危険なのかもしれない。
三人はまた歩き出した。杖がポケットにはないことを知りながら、ハリーはまだそこを探っていた。

暗い小道を、フレッド、ジョージ、ジニーを探しながら、三人はさらに森の奥へと入っていった。
途中、小鬼ゴブリンの一団を追い越した。金貨の袋を前に高笑いしている。きっと試合の掛で勝ったに違いない。キャンプ場のトラブルなどまったくどこ吹く風という様子だった。

さらに進むと、銀色の光を浴びた一角に入り込んだ。木立の間から覗くと、開けた場所に三人の背の高い美しいヴィーラが立っていた。
若い魔法使いたちがそれをとりまいて、声を張りあげ、口々にガーガー話している。
「僕は、一年にガリオン金貨百袋稼ぐ」一人が叫んだ。「われこそは『危険生物処理委員会』のドラゴン・キラーなのだ」
「いや、違うぞ」
その友人が声を張りあげた。
「君は『漏れ鍋』の皿洗いじゃないか……ところが、僕は吸血鬼ハンターだ。われこそは、これまで約90の吸血鬼を殺せし__」
言葉を遮った三人目の若い魔法使いは、ヴィーラの放つ銀色の薄明りにもはっきりとにきびの痕が見えた。
「おれはまもなく、いままでで最年少の魔法省大臣になる。なるってったらなるんでえ」
ハリーはプッと吹き出した。にきび面の魔法使いに見覚えがあった。
スタン・シャンパイクという名で、実は三階建ての「夜の騎士ナイトバス」の車掌だった。

ロンにそれを教えようと振り向くと、ロンの顔が奇妙に緩んでいた。
次の瞬間、ロンが叫び出した。
「僕は木星まで行ける箒を発明したんだ。言ったっけ?」
「まったく!」
ハーマイオニーはまたかという声を出した。
ハーマイオニーとハリーとでロンの腕をしっかりつかみ、回れ右させ、とっとと歩かせた。ヴィーラとその崇拝者の声が完全に遠のいたころ、三人は森の奥深くに入り込んでいた。
三人だけになったらしい。周囲がずっと静かになっていた。

ハリーはあたりを見回しながら言った。
「僕たち、ここで待てばいいと思うよ。ほら、何キロも先から人の来る気配も聞こえるし」
その言葉が終わらないうちに、ルード・バグマンがすぐ目の前の木の陰から現われた。

二本の杖灯りから出る微かな光の中でさえ、ハリーはバグマンの変わり様をはっきり読み取った。
あの陽気な表情も、ばら色の顔色も消え、足取りは弾みがなく、真っ青で緊張していた。

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