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第11章 炎の雷 6

その日の朝のグリフィンドール談話室は、クリスマスの慈愛の心が地に満ち溢れ、というわけにはいかなかった。
ハーマイオニーはクルックシャンクスを自分の寝室に閉じ込めはしたが、ロンが蹴飛ばそうとしたことに腹を立てていた。ロンの方は、クルックシャンクスがまたもやスキャバーズを襲おうとしたことで湯気を立てて怒っていた。
ハリーは二人が互いに口をきくようにしようと努力することも諦め、談話室に持ってきたファイアボルトをしげしげ眺めることに没頭した。これがまたなぜか、ハーマイオニーのかんさわったらしい。何も言わなかったが、ハーマイオニーはまるで箒も自分の猫を批判したと言わんばかりに、不快そうにチラチラ箒を見ていた。

昼食時、大広間に下りていくと、各寮のテーブルはまた壁に立てかけられ、広間の中央にテーブルが一つ、食器が十二人分用意されていた。
ダンブルドア、マクゴナガル、スネイプ、スプラウト、フリットウィックの諸先生が並び、管理人のフィルチも、いつもの茶色の上着ではなく、古びたかび臭い燕尾服を着て座っている。
生徒はほかに三人しかいない。緊張でガチガチの一年生が二人、ふてくされた顔のスリザリンの五年生が一人だ。
「メリー・クリスマス!」
ハリー、ロン、ハーマイオニーがテーブルに近づくと、ダンブルドア先生が挨拶した。
「これしかいないのだから、寮のテーブルを使うのはいかにも愚かに見えたのでのう……さあ、お座り!お座り!」
ハリー、ロン、ハーマイオニーはテーブルの隅に並んで座った。

「クラッカーを!」
ダンブルドアが、はしゃいで、大きな銀色のクラッカーの紐の端の方をスネイプに差し出した。
スネイプがしぶしぶ受け取って引っ張った。大砲のようなバーンという音がして、クラッカーは弾け、ハゲタカの剥製はくせいをてっぺんに載せた、大きな魔女の三角帽子が現れた。

ハリーはまね妖怪ボガートのことを思い出し、ロンに目配せして、二人でニヤリとした。スネイプは唇をギュッと結び、帽子をダンブルドアの方に押しやった。
ダンブルドアはすぐに自分の三角帽子を脱ぎ、それをかぶった。
「ドンドン食べましょうぞ!」
ダンブルドアはニッコリとみんなに笑いかけながら促した。

ハリーがちょうどロースト・ポテトを取り分けているとき、大広間の扉がまた開いた。
トレローニー先生がまるで車輪がついているかのようにスーッと近づいてきた。お祝いの席にふさわしく、スパンコール飾りの緑のドレスを着ている。服のせいでますます、きらめく特大トンボに見えた。
「シビル、これはお珍しい!」ダンブルドアが立ち上がった。
「校長先生、あたくし水晶玉を見ておりまして」
トレローニー先生がいつもの霧のかなたからのようなか細い声で答えた。
「あたくしも驚きましたわ。一人で昼食をとるという、いつものあたくしを棄て、みなさまとご一緒する姿が見えましたの。運命があたくしを促しているのを拒むことができまして?あたくし、取り急ぎ塔を離れましたのでございますが、遅れまして、ごめんあそばせ……」
「それは、それは」ダンブルドアは目をキラキラさせた。「椅子をご用意いたさねばのう__」
ダンブルドアは杖を振り、空中に椅子を描き出した。椅子は数秒間くるくると回転してから、スネイプ先生とマクゴナガル先生の間に、トンと落ちた。
しかし、トレローニー先生は座ろうとしなかった。巨大な目玉でテーブルをズイーッと見渡したとたん、小さくあっと悲鳴のような声を漏らした。
「校長先生、あたくし、とても座れませんわ!あたくしがテーブルに着けば、十三人になってしまいます!こんな不吉な数はありませんわ!お忘れになってはいけません。十三人が食事をともにするとき、最初に席を立つ者が最初に死ぬのですわ!」
「シビル、その危険を冒しましょう」マクゴナガル先生はイライラしていた。
「構わずお座りなさい。七面鳥が冷えきってしまいますよ」
トレローニー先生は迷った末、空いている席に腰かけた。目を固く閉じ、口をキッと結んで、まるでいまにもテーブルに雷が落ちるのを予想しているかのようだ。
マクゴナガル先生は手近のスープ鍋にさじを突っ込んだ。
「シビル、臓物ぞうもつスープはいかが?」
トレローニー先生は返事をしなかった。目を開け、もう一度周りを見回して尋ねた。
「あら、ルーピン先生はどうなさいましたの?」
「気の毒に、先生はまたご病気での」ダンブルドアはみんなに食事をするよう促しながら言った。
「クリスマスにこんなことが起こるとは、まったく不幸なことじゃ」
「でも、シビル、あなたはとうにそれをご存じだったはずね?」
マクゴナガル先生は眉根をピクリと持ち上げて言った。
トレローニー先生は冷ややかにマクゴナガル先生を見た。
「もちろん、存じてましたわ。ミネルバ」トレローニー先生は落ち着いていた。
「でも、『すべてを悟れる者』であることを、ひけらかしたりはしないものですわ。あたくし、『内なる眼』を持っていないかのように振る舞うことがたびたびありますのよ。ほかの方たちを怖がらせてはなりませんもの」
「それですべてがよくわかりましたわ!」マクゴナガル先生はピリッと言った。
霧のかなたからだったトレローニー先生の声から、とたんに霧が薄れた。
「ミネルバ、どうしてもとおっしゃるなら、あたくしの見るところ、ルーピン先生はお気の毒に、もう長いことありません。あの方自身も先が短いとお気づきのようです。あたくしが水晶玉で占って差し上げると申しましたら、まるで逃げるようになさいましたの__」
「そうでしょうとも」マクゴナガル先生はさりげなく辛辣しんらつだ。
「いや、まさか__」
ダンブルドアがほがらかに、しかしちょっと声を大きくした。それでマクゴナガル、トレローニー両先生の対話は終わりを告げた。

「__ルーピン先生はそんな危険な状態ではあるまい。セブルス、ルーピン先生にまた薬を造ってさし上げたのじゃろう?」
「はい、校長」スネイプが答えた。
「結構。それなれば、ルーピン先生はすぐによくなってでていらっしゃるじゃろう…。デレク、チポラータ・ソーセージを食べてみたかね?おいしいよ」
一年坊主が、ダンブルドア校長に直接声をかけられて見る見る真っ赤になり、震える手でソーセージの大皿を取った。

トレローニー先生は、二時間後にクリスマス・ディナーが終わるまで、ほとんど普通に振る舞った。
ご馳走ではちきれそうになり、クラッカーから出てきた帽子をかぶったまま、ハリーとロンがまず最初に立ち上がった。
トレローニー先生が大きな悲鳴をあげた。
「あなたたち!どちらが先に席を離れましたの?どちらが?」
「わかんない」ロンが困ったようにハリーを見た。
「どちらでも大して変わりはないでしょう」マクゴナガル先生が冷たく言った。
「扉の外に斧を持った極悪人が待ち構えていて、玄関ホールに最初に足を踏み入れた者を殺すとでもいうなら別ですが」
これにはロンでさえ笑った。トレローニー先生はいたく侮辱されたという顔をした。

「君も来る?」ハリーがハーマイオニーに声をかけた。
「ううん」ハーマイオニーは呟くように言った。「私、マクゴナガル先生にちょっとお話があるの」
「もっとたくさん授業を取りたいとかなんとかじゃないのか?」
玄関ホールへと歩きながら、ロンが欠伸交じりに行った。
ホールには狂った斧男の影すらなかった。

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