見出し画像

第18章 杖調べ 4

それからの数日は、ハリーにとってホグワーツ入学以来最低の日々だった。
二年生のとき、学校の生徒の大半が、ハリーがほかの生徒を襲っている、と疑っていた数ヵ月間、ハリーはこれに近い気持を味わった。
しかし、そのときは、ロンが味方だった。
ロンが戻ってくれさえしたら、学校中がどんな仕打ちをしようとも堪えられる、とハリーは思った。
しかし、ロンが自分からそうしようと思わないかぎり、ハリーのほうからロンに口をきいてくれと説得するつもりはなかった。
そうはいっても、四方八方から冷たい視線を浴びせかけられるのは、やはり孤独なものだった。

ハッフルパフの態度は、ハリーにとっていやなものではあったが、それなりに理解できた。
自分たちの寮代表を応援するのは当然だ。
スリザリンからは、どうしたって、性質たちの悪い侮辱を受けるだろうと、ハリーは予想していた__いまにかぎらず、これまでずっと、ハリーはスリザリンの嫌われ者だった。
クィディッチでも寮対抗杯でも、ハリーの活躍で、何度も、グリフィンドールがスリザリンを打ち負かしたからだ。
しかし、レイブンクロー生なら、セドリックもハリーも同じように応援するくらいの寛容さはあるだろうと期待していた。
見込みちがいだった。
レイブンクロー生のほとんどは、ハリーがさらに有名になろうと躍起になって、ゴブレットを騙して自分の名前を入れた、と思っているようだった。

その上、セドリックはハリーよりもずっと、代表選手にぴったりのはまり役だというのも事実だった。
鼻筋がすっと通り、黒髪にグレーの瞳というずば抜けたハンサムで、このごろでは、セドリックとクラムのどちらが憧れの的か、いい勝負だった。
実際、クラムのサインをもらおうと大騒ぎしていた、あの六年生の女子学生たちが、ある日の昼食時、自分のカバンにサインをしてくれとセドリックにねだっているのを、ハリーは目撃している。

一方、シリウスからは何の返事も来なかったし、ヘドウィグはハリーのそばに来ることを拒んでいた。
その上、トレローニー先生はこれまでより自信たっぷりに、ハリーの死を予言し続けていた。
しかも、フリットウィック先生の授業で、ハリーは「呼び寄せ呪文」の出来が悪く、特別に宿題を出されてしまった__宿題を出されたのはハリー一人だけだった。
ネビルは別として。

「そんなに難しくないのよ、ハリー」
フリットウィック先生の教室を出るとき、ハーマイオニーが励ました__授業中ずっと、ハーマイオニーは、まるで変な万能磁石になったかのように、黒板消し、紙くず籠、月玉儀げっきゅうぎなどをブンブン自分のほうに引き寄せていた。

「あなたは、ちゃんと意識を集中してなかっただけなのよ__」
「なぜそうなるんだろうね?」
ハリーは暗い声を出した。
ちょうど、セドリック・ディゴリーが、大勢の追っかけ女子学生に取り囲まれ、ハリーのそばを通り過ぎるところで、取り巻き全員が、まるで特大の「尻尾爆発スクリュート」でも見るような目でハリーを見た。
「これでも__気にするなってことかな。午後から二時限続きの『魔法薬学』の授業がある。お楽しみだ……」

二時限続きの「魔法薬学」の授業ではいつもいやな経験をしていたが、このごろはまさに拷問だった。
学校の代表選手になろうなどと大それたことをしたハリーを、ぎりぎり懲らしめてやろうと待ち構えているスネイプやスリザリン生と一緒に、地下牢教室に一時間半も閉じ込められるなんて、どう考えても、ハリーにとっては最悪だった。
もう先週の金曜日に、その苦痛を一回分、ハリーは味わっていた。
ハーマイオニーが隣に座り、声を殺して「がまん、がまん、がまん」とおきょうのように唱えていた。
今日も状況がましになっているとは思えない。

昼食の後、ハリーとハーマイオニーが地下牢のスネイプの教室に着くと、スリザリン生が外で待っていた。
一人残らず、ローブの胸に、大きなバッジをつけている。
一瞬、面食らったハリーは、「S・P・E・W」バッジをつけているのかと思った__よく見ると、みな同じ文字が書いてある。
薄暗い地下廊下で、赤い蛍光色の文字が燃えるように輝いていた。

セドリック・ディゴリーを応援しよう__
ホグワーツの真のチャンピオンを!

「気に入ったかい?ポッター?」
ハリーが近づくと、マルフォイが大声で言った。
「それに、これだけじゃないんだ__ほら!」
マルフォイがバッジを胸に押しつけると、赤文字が消え、緑に光る別な文字が浮かび出た。

汚いぞ、ポッター

スリザリン生がどっと笑った。
全員が胸のバッジを押し、「汚いぞ、ポッター」の文字がハリーをぐるりと取り囲んでギラギラ光った。
ハリーは、首から顔がカッカと火照ってくるのを感じた。

「あら、とってもおもしろいじゃない」
ハーマイオニーが、パンジー・パーキンソンとその仲間の女子学生に向かって皮肉たっぷりに言った。
このグループがひときわ派手に笑っていたのだ。
「ほんとにお洒落だわ
ロンはディーンやシェーマスと一緒に、壁にもたれて立っていた。
笑ってはいなかったが、ハリーのために突っ張ろうともしなかった。

「一つあげようか?グレンジャー?」
マルフォイがハーマイオニーにバッジを差し出した。
「たくさんあるんだ。だけど、僕の手にいま触らないでくれ。手を洗ったばかりなんだ。『穢れた血』でベットリにされたくないんだよ」
何日も何日も溜まっていた怒りの一端が、ハリーの胸の中で堰を切ったように噴き出した。
ハリーは無意識のうちに杖に手をやっていた。
周りの生徒たちが、慌ててその場を離れ、廊下で遠巻きにした。

「ハリー!」
ハーマイオニーが引き止めようとした。
「やれよ、ポッター」
マルフォイも杖を引っ張り出しながら、落ち着きはらった声で言った。
「今度は、庇ってくれるムーディもいないぞ__やれるものならやってみろ__」

一瞬、二人の目に火花が散った。
それからまったく同時に、二人が動いた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?