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第14章 許されざる呪文 1

それからの二日間は、とくに事件もなく過ぎた。もっとも、ネビルが「魔法薬学」の授業で溶かしてしまった大鍋の数が6個目になったことを除けばだが。
夏休みの間に、報復意欲に一段と磨きがかかったらしいスネイプ先生が、ネビルに居残りを言い渡した。樽一杯たるいっぱいつのヒキガエルのはらわたを抜きだす、という処罰を終えて戻ってきたネビルは、ほとんど神経衰弱状態だった。

「スネイプがなんであんなに険悪ムードなのか、わかるよな?」
ハーマイオニーがネビルに、爪の間に入り込んだカエルのはらわたを取り除く「ゴシゴシ呪文」を教えてやっているのを眺めながら、ロンがハリーに言った。
「ああ」ハリーが答えた。「ムーディだ」

スネイプが「闇の魔術」の教職にきたがっていることは、みんなが知っていた。そして今年で4年連続、スネイプはその職に就き損ねた。
これまでの「闇の魔術」の先生、スネイプはさんざん嫌っていたし、はっきり態度にも表した__ところが、マッド・アイ・ムーディに対しては、奇妙なことに、正面きって敵意を見せないように用心しているように見えた。
事実、二人が一緒にいるところをハリーが目撃したときは__食事のときや、廊下ですれ違うときなど__必ず、スネイプがムーディの目(「魔法の目」も普通の目も)避けていると、ハリーははっきりそう感じた。

「スネイプは、ムーディのこと、少し怖がってるような気がする」
ハリーは考え込むように言った。
「ムーディがスネイプを角ヒキガエルに変えちゃったらどうなるかな」
ロンは夢見るような目になった。
「そして、やつを地下牢中ボンボン跳ねさせたら……」

グリフィンドールの4年生は、ムーディの最初の授業が待ち遠しく、木曜の昼食がすむと、早々と教室の前に集まり、始業のベルが鳴る前に列を作っていた。
ただ一人、ハーマイオニーだけは、始業時間ぎりぎりに現れた。
「私、いままで__」
「__図書館にいた」
ハリーが、ハーマイオニーの言葉を途中から引き取った。
「早くおいでよ。いい席がなくなるよ」
三人はすばやく、最前列の先生の机の真正面に陣取り、教科書の「闇の力__護身術入門」を取り出し、いつになく神妙しんみょうに先生を待った。
まもなく、コツッ、コツッという音が、廊下を近づいてくるのが聞こえた。まぎれもなくムーディの足音だ。
そして、いつもの不気味な、恐ろしげな姿が、ヌッと入ってきた。鉤爪かぎづめの木製の義足が、ローブの下から突き出しているのが、チラリと見えた。

「そんな物、しまってしまえ」
コツッ、コツッと机に向かい、腰を下ろすや否や、ムーディが唸るように言った。
「教科書だ。そんな物は必要ない」
みんな教科書をカバンに戻した。ロンが顔を輝かせた。

ムーディは出席簿を取り出し、傷痕だらけの歪んだ顔にかかる、たてがみのような長い灰色まだらの髪をブルブルッと振り払い、生徒の名前を読み上げ始めた。
普通の目は名簿の順を追って動いたが、「魔法の目」はグルグル回り、生徒が返事をするたびに、その生徒をじっと見据えた。

「よし、それでは」
出席簿の最後の生徒が返事をし終えると、ムーディが言った。
「このクラスについては、ルーピン先生から手紙をもらっている。おまえたちは、闇の怪物と対決するための基本をかなり満遍まんべんなく学んだようだ__まね妖怪ボガート赤帽鬼レッドキャップおいでおいで妖怪ピンキーパンク水魔グリンデロー河童カッパ人狼じんろうなど。そうだな?」
ガヤガヤと、みんなが同意した。
「しかし、おまえたちは、遅れている__非常に遅れている__呪いの扱い方についてだ。そこで、わしの役目は、魔法使い同士が互いにどこまで呪い合えるものなのか、おまえたちを最低線まで引き上げることにある。わしの持ち時間は一年だ。その間におまえたちに、どうすれば闇の__」
「え?ずっといるんじゃないの?」ロンが思わず口走った。
ムーディの「魔法の目」がぐるりと回ってロンを見据えた。
ロンはどうなることかとドギマギしていたが、やがて、ムーディがふっと笑った__笑うのを、ハリーははじめて見た。
傷痕だらけの顔が笑ったところで、ますますひん曲がり、捻じれるばかりだったが、それでも、笑うという親しさを見せたことは、何かしら救われる思いだった。
ロンも心からホッとした様子だった。

「おまえはアーサー・ウィーズリーの息子だな、え?」ムーディが言った。
「おまえの父親てておやのお陰で、数日前、窮地きゅうちだっした……ああ、一年だけだ。ダンブルドアのために特別にな……一年。その後は静かな隠遁生活いんとんせいかつに戻る」
ムーディはしわがれた声で笑い、ふしくれだった両手をパンと叩いた。

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