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第17章 猫、ネズミ、犬 6

猫も殺さなければならないとしたら?
だから、どうだっていうんだ。猫はブラックとグルだった……ブラックを護って死ぬ覚悟なら、かってにすればいい……ブラックが猫を救いたいとでもいうなら、それはハリーの両親よりクルックシャンクスの方が大切だと思っている証拠ではないか……。

ハリーは杖をかまえた。やるならいまだ。いまこそ父さん母さんの敵をとるときだ。ブラックを殺してやる。ブラックを殺さねば。いまがチャンスだ……。

何秒かがノロノロと過ぎた。そして、ハリーはまだ、杖をかまえたまま、凍りついたようにその場に立ちつくし、ブラックはハリーをじっと見つめ、クルックシャンクスはその胸に乗ったままだった。
ロンの喘ぐような息づかいがベッドのあたりから聞こえてくる。ハーマイオニーはしんとしたままだ。

そして、新しい物音が聞こえてきた__。

床に木霊こだまする、くぐもった足音だ__誰かが階下で動いている。
「ここよ!」ハーマイオニーが急に叫んだ。「私たち、上にいるわ__シリウス・ブラックよ__早く!

ブラックは驚いて身動きし、クルックシャンクスは振り落とされそうになった。
ハリーは発作的に杖を握り締めた__やるんだ、いま!頭の中で声がした__足音がバタバタと上がってくる。しかし、まだハリーは行動に出なかった。

赤い火花が飛び散り、ドアが勢いよく開いた。
ハリーが振り向くと、蒼白な顔で、杖をかまえ、ルーピン先生が飛び込んでくるところだった。
ルーピン先生の目が、床に横たわるロンをとらえ、ドアのそばですくみ上がっているハーマイオニーに移り、杖でブラックを捕らえて突っ立っているハリーを見、それからハリーの足もとで血を流し、伸びているブラックその人へと移った。

「エクスペリアームス、武器よ去れ!」ルーピンが叫んだ。
ハリーの杖がまたしても手を離れて飛び、ハーマイオニーが持っていた二本の杖も飛んだ。
ルーピンは三本とも器用に捕まえ、ブラックを見据えたまま部屋の中に入ってきた。クルックシャンクスはブラックを護るように胸の上に横たわったままだった。

ハリーは急にうつろな気持になって立ちすくんだ__とうとうやらなかった。弱気になったんだ。ブラックは吸魂鬼ディメンターに引き渡される。

ルーピンが口を開いた。何か感情を押し殺して震えているような、緊張した声だった。
「シリウス、あいつはどこだ?」
ハリーは一瞬ルーピンを見た。何を言っているのか、理解できなかった。
誰のことを話しているのだろう?ハリーはまたブラックの方を見た。

ブラックは無表情だった。数秒間、ブラックはまったく動かなかった。
それから、ゆっくりと手を上げたが、その手はまっすぐにロンを指していた。いったいなんだろうといぶかりながら、ハリーはロンをチラリと見た。
ロンも当惑しているようだ。
「しかし、それなら……」
ルーピンはブラックの心を読もうとするかのように、じっと見つめながら呟いた。
「……なぜいままで正体をあらわささなかったんだ?もしかしたら__」
ルーピンは急に目を見開いた。まるでブラックを通り越して何かを見ているような、ほかの誰にも見えないものを見ているような目だ。
「__もしかしたら、あいつがそうだったのか……もしかしたら、君はあいつと入れ替わりになったのか……わたしに何も言わずに?」
落ち窪んだ眼差しでルーピンを見つめ続けながら、ブラックがゆっくりと頷いた。

「ルーピン先生」ハリーが大声で割って入った。「いったい何が__?」
ハリーの問いが途切れた。
目の前で起こったことが、ハリーの声を喉元まで押し殺してしまったからだ。
ルーピンがかまえた杖を下ろした。つぎの瞬間、ルーピンはブラックの方に歩いていき、手を取って助け起こした__クルックシャンクスが床に転がり落ちた__そして、兄弟のようにブラックを抱き締めたのだ。

ハリーは胃袋の底が抜けたような気がした。

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