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第20章 第一の課題 2

ディフィンド!裂けよ!
セドリックのカバンが裂けた。
羊皮紙やら、羽根ペン、教科書がバラバラと床に落ち、インク瓶がいくつか割れた。

「かまわないで」
友人がかがみ込んで手伝おうとしたが、セドリックは、まいったなという声で言った。
「フリットウィックに、すぐ行くって伝えてくれ。さあ行って……」

ハリーの思う壺だった。
杖をローブにしまい、ハリーはセドリックの友達が教室へと消えるのを待った。
そして、二人しかいなくなった廊下を、急いでセドリックに近づいた。

「やあ」
インクまみれになった「上級変身術」の教科書を拾い上げながら、セドリックが挨拶した。
「僕のカバン、たったいま、破れちゃって……まだ新品なんだけど……」
「セドリック、第一の課題はドラゴンだ」
「えっ?」
セドリックが目を上げた。

「ドラゴンだよ」
ハリーは早口でしゃべった。
フリットウィック先生がセドリックはどうしたかと見に出てきたら困る。
「四頭だ。一人に一頭。僕たち、ドラゴンを出し抜かないといけない」
セドリックはまじまじとハリーを見た。
ハリーが土曜日の夜以来感じてきた恐怖感が、いまセドリックのグレーの目にチラついているのを、ハリーは見た。

「たしかかい?」
セドリックが声をひそめて聞いた。
「絶対だ。僕、見たんだ」
ハリーが答えた。
「しかし、君、どうしてわかったんだ?僕たち知らないことになっているのに……」
「気にしないで」
ハリーは急いで言った__ほんとうのことを話したら、ハグリッドが困ったことになるとわかっていた。

「だけど、知ってるのは僕だけじゃない。フラーもクラムも、もう知っているはずだ__マダム・マクシームとカルカロフの二人も、ドラゴンを見た」
セドリックはインクまみれの羽根ペンや、羊皮紙、教科書を腕いっぱいに抱えて、すっと立った。
破れたカバンが肩からぶら下がっている。
セドリックはハリーをじっと見つめた。
当惑したような、ほとんど疑っているような目つきだった。

「どうして、僕に教えてくれるんだい?」
セドリックが聞いた。
ハリーは信じられない気持でセドリックを見た。
セドリックだって自分の目であのドラゴンを見ていたなら、絶対にそんな質問はしないだろうに。
最悪の敵にだって、ハリーは何の準備もなくあんな怪物に立ち向かわせたりはしない__まあ、マルフォイやスネイプならどうかわからないが……。

「だって……それがフェアじゃないか?」
ハリーは答えた。
「もう僕たち全員が知ってる……これで足並みがそろったんじゃない?」
セドリックはまだ少し疑わしげにハリーを見つめていた。
そのとき、聞き慣れたコツッ、コツッという音がハリーの背後から聞こえた。
振り向くと、マッド・アイ・ムーディが近くの教室から出てくる姿が目に入った。

「ポッター、一緒に来い」
ムーディが唸るような声で言った。
「ディゴリー、もう行け」
ハリーは不安げにムーディを見た。
二人の会話を聞いたのだろうか?
「あの__先生。僕、『薬草学』の授業が__」
「かまわん、ポッター。わしの部屋に来てくれ……」

ハリーは今度は何がおこるのだろうと思いながら、ムーディについていった。
ハリーがどうしてドラゴンのことを知ったか、ムーディが問い質したいのだとしたら?
ムーディはハグリッドのことをダンブルドアに告げ口するのだろうか?
それとも、ハリーをケナガイタチに変えてしまうだけだろうか?
まあ、イタチになったほうが、ドラゴンを出し抜きやすいかもしれないな、とハリーはぼんやり考えた。
小さくなったら、15、6メートルの高さからはずっと見えにくくなるし……。

ハリーはムーディの部屋に入った。
ムーディはドアを閉め、向き直ってハリーを見た。
「魔法の目」も、普通の目も、ハリーに注がれていた。
「いま、おまえのしたことは、ポッター、非常に道徳的な行為だ」
ムーディは静かに言った。
ハリーはなんと言ってよいかわからなかった。
こういう反応はまったく予期していなかった。
「座りなさい」
ムーディに言われてハリーは座り、あたりを見回した。

この部屋には、これまで二人の違う先生のときに、何度か来たことがある。
ロックハート先生の時は、壁にベタベタ貼られた先生自身の写真がニッコリしたり、ウィンクしたりしていた。
ルーピンがいたときは、先生がクラスで使うために手に入れた、新しい、なんだかおもしろそうな闇の生物の見本が置いてあったものだった。
しかし、いま、この部屋は、飛びっきり奇妙なものでいっぱいだった。
ムーディが「闇払い」時代に使ったものだろうとハリーは思った。

机の上には、ヒビの入った大きなガラスの独楽のようなものがあった。
ハリーは、それが「かくれん防止器スニーコスコープ」だとすぐにわかった。
ムーディのよりはずっと小さいが、ハリーも一つ持っていたからだ。
隅っこの小さいテーブルには、ことさらにクネクネした金色のテレビアンテナのようなものが立っている。
微かにブーンと唸りをあげていた。
ハリーの向かい側の壁にかかった鏡のようなものは、部屋を映してはいない。
影のようなぼんやりした姿が、中でうごめいていた。
どの姿もぼやけている。

「わしの『闇検知器』が気に入ったか?」
ハリーを観察していたムーディが聞いた。
「あれはなんですか?」
ハリーは金色のクネクネアンテナを指差した。
「『秘密発見器』だ。何か隠しているものや、嘘を探知すると振動する……ここでは、もちろん、干渉波が多すぎて役に立たない__生徒たちが四方八方で嘘をついている。なぜ宿題をやってこなかったかとかだがな。ここに来てからというもの、ずっと唸りっぱなしだ。『かくれん防止器』も止めておかないといけなくなった。ずっと警報を鳴らし続けるのでな。こいつは特別に感度がよく、半径二キロの事象を拾う。もちろん、子供のガセネタばかりを拾っているわけではないはずだが」
ムーディは唸るように最後の言葉をつけ足した。

「それじゃ、あの鏡は何のために?」
「ああ、あれは、わしの『敵鏡』だ。こそこそ歩き回っているのが見えるか?やつらの白目がみえるほどに接近してこないうちは、安泰だ。見えたときには、わしのトランクを開くときだ」
ムーディは短く乾いた笑いを漏らし、窓の下に置いた大きなトランクを指差した。
七つの鍵穴が一列に並んでいる。
いったい何が入っているのかと考えていると、ムーディが問いかけてきて、ハリーは突然現実に引き戻された。

「すると……ドラゴンのことを知ってしまったのだな?」
ハリーは言葉に詰まった。


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