見出し画像

第7章 洋箪笥のまね妖怪 5

「さあ、それじゃ」
ルーピン先生はみんなに部屋の奥まで来るように合図した。
そこには先生方が着替え用のローブを入れる古い洋箪笥がポツンと置かれていた。ルーピン先生がそのわきに立つと、箪笥が急にワナワナと揺れ、バーンと壁から離れた。
「心配しなくていい」
何人かが驚いて飛び退いたが、ルーピン先生は静かに言った。
「中にまね妖怪__ボガートが入ってるんだ」
これは心配するべきことじゃないか、とほとんどの生徒はそう思っているようだった。
ネビルは恐怖そのものの顔つきでルーピン先生を見た。
シェーマス・フィネガンは、箪笥の取っ手がガタガタ言いはじめたのを不安そうに見つめた。

まね妖怪ボガートは暗くて狭いところを好む」ルーピン先生が語り出した。
「洋箪笥、ベッドの下の隙間、流しの下の食器棚など__わたしは一度、大きな柱時計の中に引っかかっているやつに出会ったことがある。ここにいるのは昨日の午後に入り込んだやつで、三年生の実習に使いたいから、先生方にはそのまま放っておいていただきたいと、校長先生にお願いしたんですよ」

「それでは、最初の問題ですが、まね妖怪のボガートとはなんでしょう?」
ハーマイオニーが手を挙げた。
「形態模写妖怪です。わたしたちが一番怖いと思うのはこれだ、と判断すると、それに姿を変えることができます」
「わたしでもそんなにうまくは説明できなかったろう」
ルーピン先生の言葉で、ハーマイオニーも頬を染めた。
「だから、中の暗がりに座り込んでいるまね妖怪ボガートは、まだなんの姿にもなっていない。箪笥の戸の外にいる誰かが、何を怖がるのかまだ知らない。まね妖怪ボガートが一人ぼっちのときにどんな姿をしているのか、誰も知らない。しかし、わたしが外に出してやると、たちまち、それぞれが一番怖いと思っているものに姿を変えるはずです」

「ということは」
ネビルが怖くてしどろもどろしているのを無視して、ルーピン先生は話を続けた。
「つまり、初めっからわたしたちの方がまね妖怪ボガートより大変有利な立場にありますが、ハリー、なぜだかわかるかな?」
隣のハーマイオニーが手を高く挙げ、爪先立ちでぴょこぴょこ跳び上がっているそばで質問に答えるのは気が引けたが、それでもハリーは思いきって答えてみた。
「えーと、僕たち、人数がたくさんいるので、どんな姿に変身すればいいかわからない?」
「その通り」
ルーピン先生がそう言うと、ハーマイオニーがちょっぴりがっかりしたように手を下ろした。

まね妖怪ボガート退治たいじをするときは、誰かと一緒にいるのが一番いい。むこうが混乱するからね。首のない死体に変身すべきか、人肉を食らうナメクジになるべきか?わたしはまね妖怪ボガートがまさにその過ちを犯したのを一度見たことがる__一度に二人を脅そうとしてね、半身ナメクジに変身したんだ。どうみても恐ろしいとは言えなかった。
まね妖怪ボガートを退散させる呪文は簡単だ。しかし精神力が必要だ。こいつをほんとうにやっつけるのは、笑いなんだ。君たちは、まね妖怪ボガートに、君たちが滑稽だと思える姿をとらせる必要がある。
始めは杖なしで練習しよう。わたしに続いて言ってみよう…リディクラス、ばかばかしい!
「リディクラス、ばかばかしい!」
全員がいっせいに唱えた。
「そう。とっても上手だ。でもここまでは簡単なんだけどね。呪文だけでは十分じゃないんだよ。そこで、ネビル、君の登場だ」

洋箪笥がまたガタガタ揺れた。でも、ネビルの方がもっとガタガタ震えていた。まるで絞首台に向かうかのように進み出た。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?