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第十七章 二つの顔をもつ男 4

ハリーは悲鳴を上げるところだった。が、声が出なかった。 クィレルの頭の後ろに、もう一つの顔があった。 ハリーがこれまで見たこともないほどの恐ろしい顔が。ろうのように白い顔、ギラギラと血走った目、鼻孔は蛇のように裂け目になっていた。
ハリー・ポッター…」
顔がささやいた。ハリーはあとずさりしようとしたが、足が動かなかった。
このありさまを見ろ
顔が言った。
ただの影と霞に過ぎない…誰かの体を借りて初めて形になることができる…しかし、常に誰かが、喜んで俺様をその心に入り込ませてくれる…この数週間は、ユニコーンの血が俺様を強くしてくれた…忠実なクィレルが、森の中で俺様のために血を飲んでいるところを見ただろう…命の水さえあれば、俺様は自身の体を創造することができるのだ…さて…ポケットにある『石』をいただこうか
彼は知っていたんだ。突然足の感覚が戻った。 ハリーはよろめきながらあとずさりした。
バカなまねはよせ
顔が低くうなった。
命を粗末にするな。俺様側につけ…さもないとおまえもおまえの両親と同じ目にあうぞ…二人とも命乞いをしながら死んでいった…
うそだ!」ハリーが突然叫んだ。
ヴォルデモートがハリーを見たままでいられるように、クィレルは後ろ向きで近づいてきた。邪悪な顔がニヤリとした。
胸を打たれるねぇ…」顔が押し殺したような声を出した。
俺様はいつも勇気を称える…そうだ、小僧、お前の両親は勇敢だった…俺様はまず父親を殺した。勇敢に戦ったがね…しかしおまえの母親は死ぬ必要はなかった…母親はおまえを守ろうとしたのだ…母親の死をむだにしたくなかったら、さあ『石』をよこせ
やるもんか!」ハリーは炎の燃えさかる扉に向かってかけ出した。
捕まえろ!
ヴォルデモートが叫んだ。次の瞬間、ハリーはクィレルの手が自分の手首をつかむのを感じた。 そのとたん、針で刺すような痛みが額の傷痕を貫いた。頭が二つに割れるかと思うほどだった。ハリーは悲鳴を上げ、力を振り絞ってもがいた。 驚いたことに、クィレルはハリーの手を離した。額の痛みがやわらいだ…クィレルがどこに行ったのか、ハリーはいそいで周りを見回した。クィレルは苦痛に体を丸め、自分の指を見ていた…見る見るうちに指に火ぶくれができていた。
捕まえろ!捕まえるのだ!
ヴォルデモートがまたかん高く叫んだ。クィレルが跳びかかり、ハリーの足をすくって引き倒し、ハリーの上にのしかかって両手をハリーの首にかけた…額の傷の痛みでハリーは目がくらんだが、それでも、クィレルが激しい苦痛でうなり声を上げるのが見えた。
「ご主人様、こやつを押さえていられません…手が…私の手が!」
クィレルはひざでハリーを地面に押さえつけてはいたが、ハリーの首から手を離し、いぶかしげに自分の手の平を見つめていた…ハリーの目に、真っ赤に焼けただれ、皮がベロリとむけた手が見えた。
それなら殺せ!愚か者め、始末してしまえ!
ヴォルデモートが鋭く叫んだ。クィレルは手を上げて死の呪いをかけはじめた。ハリーはとっさに手を伸ばし、クィレルの顔をつかんだ。
あああアアア!
クィレルが転がるようにハリーから離れた。顔も焼けただれていた。

ハリーにはわかった。クィレルはハリーの皮膚に触れることができないのだ。触れればひどい痛みに責めさいなまれる…クィレルにしがみつき、痛みのあまり呪いをかけることができないようにする__それしか道はない。

ハリーは跳び起きて、クィレルの腕を捕まえ、力のかぎり強くしがみついた。クィレルは悲鳴を上げ、ハリーを振りほどこうとした…ハリーの額の痛みはますますひどくなった…何も見えない…クィレルの恐ろしい悲鳴とヴォルデモートの叫びが聞こえるだけだ。
殺せ!殺せ!
もう一つ別の声が聞こえてきた。ハリーの頭の中で聞こえたのかもしれない。叫んでいる。
「ハリー!ハリー!」
ハリーは固く握っていたクィレルの腕がもぎ取られていくのを感じた。すべてを失ってしまったのがわかった。

ハリーの意識は闇の中へと落ちて行った。下へ…下へ…下へ…。

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