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第8章 「太った婦人」の逃走 5

「僕のことは気にしないで」ハリーは精一杯平気を装った。
「パーティで会おう。楽しんできて」
ハリーは玄関ホールまで二人を見送った。
管理人のフィルチが、ドアのすぐ内側に立ち、長いリストを手に名前をチェックしていた。一人一人、疑わしそうに顔を覗き込み、行ってはいけない者が抜けださないよう、念入りに調べていた。

「居残りか、ポッター?」クラッブとゴイルを従えて並んでいたマルフォイが大声で言った。
吸魂鬼ディメンターのそばを通るのが怖いのか?」
ハリーは聞き流して、一人大理石の階段を引き返した。
誰もいない廊下を通り、グリフィンドール塔に戻った。

「合言葉は?」トロトロ眠っていた太った婦人レディが、急に目覚めて聞いた。
「フォルチュナ・マジョール、たなぼた」ハリーは気のない言い方をした。

肖像画がパッと開き、ハリーは穴をよじ登って談話室に入った。
そこは、ぺちゃくちゃにぎやかな一年生、二年生でいっぱいだった。
上級生も数人いたが、飽きるほどホグズミードに行ったことがあるに違いない。

「ハリー!ハリー!ハリーったら!」
コリン・クリービーだった。ハリーを崇拝している二年生で、話しかける機会を決して逃さない。
「ハリー、ホグズミードに行かないんですか?どうして?あ、そうだ__」
コリンは熱っぽく周りの友達を見回してこう言った。
「よろしかったら、ここへ来て、僕たちと一緒に座りませんか?」
「アー__ううん。でも、ありがとう、コリン」
ハリーは、寄ってたかって額の傷をしげしげ眺められるのに耐えられない気分だった。
「僕__図書館に行かなくちゃ。やり残した宿題があって」
そう言った手前、回れ右して肖像画の穴に戻るしかなかった。
「さっきわざわざ起こしておいて、どういうわけ?」
太った婦人レディが、出ていくハリーの後ろ姿に向かって不機嫌な声を出した。

ハリーは気が進まないまま、なんとなく図書館の方に向かったが、途中で気が変わった。勉強する気になれない。
くるりと向きを変えたそのとたん、フィルチと鉢合わせした。ホグズミード行きの最後の生徒を送り出した直後だろう。
「何をしている?」フィルチが疑るように歯をむき出した。
「別に何も」ハリーはほんとうのことを言った。
「べつになにも!」フィルチはたるんだ頬を震わせて吐き出すように言った。
「そうでござんしょうとも!一人でこっそり歩き回りおって。仲間の悪童どもと、ホグズミードで臭い玉とか、ゲップ粉とか、ヒューヒュー飛行虫なんぞを買いに行かないのはどういうわけだ?」
ハリーは肩をすくめた。
「さあ、お前のいるべき場所に戻れ。談話室にだ」
ガミガミ怒鳴り、フィルチはハリーの姿が見えなくなるまでその場で睨みつけていた。

ハリーは談話室には戻らなかった。ふくろう小屋に行ってヘドウィグに会おうかと、ぼんやり考えながら階段を上った。
廊下をいくつか歩いていると、とある部屋の中から声がした。
「ハリー?」
ハリーはあと戻りして声の主を探した。
ルーピン先生が自分の部屋のドアのむこうから覗いている。

「何をしている?」ルーピン先生の口調は、フィルチのとはまるで違っていた。
「ロンやハーマイオニーはどうしたのかね?」
「ホグズミードです」ハリーは何気なく言ったつもりだった。
「ああ」ルーピン先生はそう言いながら、じっとハリーを観察した。
「ちょっと中に入らないか?ちょうどつぎのクラス用のグリンデローが届いたところだ」
「何がですって?」
ハリーはルーピンについて部屋に入った。
部屋の隅に大きな水槽が置いてある。鋭い角を生やした気味の悪い緑色の生き物が、ガラスに顔を押しつけて、百面相をしたり、細長い指を曲げ伸ばししたりしていた。
「水魔だよ」ルーピンは何か考えながらグリンデローを調べていた。
「こいつはあまり難しくはないはずだ。なにしろ河童のあとだしね。コツは、指で締められたらどう解くかだ。異常に長い指だろう?強力だが、とてももろいんだ」
水魔グリンデローは緑色の歯をむき出し、それから隅の水草の茂みに潜り込んだ。


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