第6章 鉤爪と茶の葉 6
ハリーは胃にグラッときた。
フローリシュ・アンド・ブロッツ書店にあった「死の前兆」の表紙の犬__マグノリア・クレセント通りの暗がりにいた犬…ラベンダー・ブラウンも今度は口を両手で押さえた。みんながハリーを見た。
いや、一人だけは違った。ハーマイオニーだけは、立ち上がって、トレローニー先生の椅子の後ろに回った。
「死神犬には見えないと思うわ」ハーマイオニーは容赦なく言った。
トレローニー先生は嫌悪感を募らせてハーマイオニーをジロリと品定めした。
「こんなことを言ってごめんあそばせ。あなたにはほとんどオーラが感じられませんのよ。未来の響きへの感受性というものがほとんどございませんわ」
シェーマス・フィネガンは首を左右に傾けていた。
「こうやって見ると死神犬らしく見えるよ」シェーマスはほとんど両目を閉じていた。
「でもこっちから見るとむしろロバに見えるな」今度は左に首を傾けていた。
「僕が死ぬか死なないか、さっさと決めたらいいだろう!」
自分でも驚きながらハリーはそう言った。もう誰もハリーをまっすぐ見ようとはしなかった。
「今日の授業はここまでにいたしましょう」
トレローニー先生が一段と霧のかなたのような声で言った。
「そう…どうぞお片付けなさってね…」
みんな押し黙ってカップをトレローニー先生に返し、教科書をまとめ、カバンを閉めた。ロンまでがハリーの目を避けていた。
「またお会いするときまで」トレローニー先生が消え入るような声で言った。
「みなさまが幸運でありますよう。ああ、あなた__」先生はネビルを指差した。「あなたはつぎの授業に遅れるでしょう。ですから授業についていけるよう、とくによくお勉強なさいね」
ハリー、ロン、ハーマイオニーは無言でトレローニー先生のはしごを下り、曲りくねった階段を下り、マクゴナガル先生の「変身術」のクラスに向かった。マクゴナガル先生の教室を探し当てるのにずいぶん時間がかかり、「占い術」のクラスを早くでたわりには、ぎりぎりだった。
ハリーは教室の一番後ろの席を選んだが、それでも眩しいスポットライトに晒されているような気がした。
クラス中がまるでハリーがいつ何時ばったり死ぬかわからないと言わんばかりに、ハリーをチラリチラリと盗み見ていた。
マクゴナガル先生が「動物もどき(自由に動物に変身できる魔法使い)」について話しているのもほとんど耳に入らなかった。先生がみんなの目の前で、目の周りにメガネと同じ形の縞があるトラ猫に変身したのを見てもいなかった。
「まったく、今日はみんなどうしたんですか?」
マクゴナガル先生はポンという軽い音とともに元の姿に戻るなり、クラス中を見回した。
「別にかまいませんが、私の変身がクラスの拍手を浴びなかったのはこれが初めてです」
みんながいっせいにハリーの方を振り向いたが、誰もしゃべらない。
するとハーマイオニーが手を挙げた。
「先生、私たち、『占い学』の最初のクラスを受けてきたばかりなんです。お茶の葉を読んで、それで__」
「ああ、そういうことですか」マクゴナガル先生は顔をしかめた。
「ミス・グレンジャー、それ以上は言わなくて結構です。今年はいったい誰が死ぬことになったのですか?」
みんないっせいに先生を見つめた。
「僕です」しばらくしてハリーが答えた。
「わかりました」マクゴナガル先生はきらりと光る目でハリーをしっかりと見た。
「では、ポッター、教えておきましょう。シビル・トレローニは本校に着任してからというもの、一年に一人の生徒の死を予言してきました。いまだに誰一人として死んではいません。死の前兆を予言するのは、新しいクラスを迎えるときのあの方のお気に入りの流儀です。私は同僚の先生の悪口は決して言いません。それでなければ__」
マクゴナガル先生はここで一瞬言葉を切った。みんなは先生の鼻の穴が大きく膨らむのを見た。
それから先生は少し落ち着きを取り戻して話を続けた。
「『占い学』というのは魔法の中でも一番不正確な分野の一つです。私があの分野に関しては忍耐強くないということを、皆さんに隠すつもりはありません。真の予言者はめったにいません。そしてトレローニー先生は…」
マクゴナガル先生は再び言葉を切り、ごくあたりまえの調子で言葉を続けた。
「ポッター、私の見るところ、あなたは健康そのものです。ですから、今日の宿題を免除したりいたしませんからそのつもりで。ただし、もしあなたが死んだら、提出しなくても結構です」
ハーマイオニーが吹き出した。ハリーはちょっぴり気分が軽くなった。
トレローニー先生の教室の、赤いほの暗い灯りとぼーっとなりそうな香水から離れてみれば、紅茶の葉の塊ごときに恐れをなすのはかえっておかしいように思えた。
しかし、みんながそう思ったわけではない。ロンはまだ心配そうだったし、ラベンダーは「でも、ネビルのカップはどうなの?」と囁いた。
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