第15章 ボーバトンとダームストラング 2
「もっと厳しいやり方で学びたいというのであれば__だれかがおまえにこの呪文をかけ、完全に支配する。そのときに学びたいのであれば__わしは一向にかまわん。授業を免除する。出ていくがよい」
ムーディは、節くれだった指で出口を指した。
ハーマイオニーは赤くなり、出ていきたいと思っているわけではありません、らしきことをボソボソと言った。
ハリーとロンは、顔を見合わせてニヤッと笑った。
二人にはよくわかっていた。ハーマイオニーは、こんな大事な授業を受けられないくらいなら、むしろ腫れ草の膿を飲むほうがましだと思うだろう。
ムーディは生徒を一人ひとり呼び出して、「服従の呪文」をかけはじめた。
呪いのせいで、クラスメートが次々と世にもおかしなことをするのを、ハリーはじっと見ていた。
ディーン・トーマスは国歌を歌いながら、片足ケンケン跳びで教室を三周した。ラベンダー・ブラウンは、リスの真似をした。ネビルは普通だったらとうていできないような見事な体操を、立て続けにやってのけた。
だれ一人として呪いに抵抗できた者はいない。ムーディが呪いを解いたとき、はじめて我にかえるのだった。
「ポッター」ムーディ先生が唸るように呼んだ。「次だ」
ハリーは教室の中央、ムーディ先生が机を片づけて作ったスペースに進み出た。ムーディが杖を上げ、ハリーに向け、唱えた。
「インペリオ!服従せよ!」
最高にすばらしい気分だった。すべての思いも悩みもやさしく拭い去られ、つかみどころのない、漠然とした幸福感だけが頭に残り、ハリーはフワフワと浮かんでいるような心地がした。
ハリーはすっかり気分が緩み、周りのみんなが自分を見つめていることを、ただぼんやりと意識しながらその場に立っていた。
すると、マッド・アイ・ムーディの声が、虚ろな脳みそのどこか遠くの祠に響き渡るように聞こえてきた。
机に飛び乗れ……机に飛び乗れ……。
ハリーは膝を曲げ、跳躍の準備をした。
机に飛び乗れ……。
まてよ。なぜ?
頭のどこかで、別の声が目覚めた。そんなこと、バカげている。その声が言った。
机に飛び乗れ……。
いやだ。そんなこと、僕、気が進まない。もう一つの声が、前よりもややきっぱりと言った……いやだ。僕、そんなこと、したくない……。
飛べ!いますぐだ!
次の瞬間、ハリーはひどい痛みを感じた。
飛び上がると同時に、飛び上がるのを自分で止めようとしたのだ__その結果、机にまともにぶつかり、机を引っくり返していた。そして、両脚の感覚からすると、膝小僧の皿が割れたようだ。
「よーし、それだ!それでいい!」
ムーディの唸り声がして、突然ハリーは、頭の中の、虚ろな、木霊する感覚が消えるのを感じた。
自分に何が起こっていたかを、ハリーははっきり覚えていた。そして、膝の痛みが倍になったように思えた。
「おまえたち、見たか……ポッターが戦った!戦って、そして、もう少しで打ち負かすところだった!もう一度やるぞ、ポッター。あとの者はよく見ておけ__ポッターの目をよく見ろ。その目に鍵がある__いいぞ、ポッター。まっこと、いいぞ!やつらは、おまえを支配するのにはてこずるだろう!」
「ムーディの言い方ときたら__」
一時間後「闇の魔術に対する防衛術」の教室からフラフラになって出てきたハリーが言った(ムーディは、ハリーの力量を発揮させると言い張り、四回も続けて練習させ、ついにはハリーが完全に呪文を破るところまで続けさせた)。
「__まるで、僕たち全員が、いまにも襲われるんじゃないかと思っちゃうよね」
「ウン、そのとおりだ」
ロンは一歩おきにスキップしていた。ムーディは昼食時までには呪文の効果は消えるとロンに請け合ったのだが、ロンはハリーに比べてずっと、呪いに弱かったのだ。
「被害妄想だよな……」
ロンは不安げにチラリと後ろを振り返り、ムーディが声の届く範囲にいないことを確かめてから、話を続けた。
「魔法省が、ムーディがいなくなって喜んだのも無理ないよ。ムーディがシェーマスに聞かせてた話を聞いたか?エイプリルフールにあいつの後ろから『バーッ』って脅かした魔女に、ムーディがどういう仕打ちをしたか聞いたろう?それに、こんなにいろいろやらなきゃいけないことがあるのに、その上『服従の呪文』への抵抗についてなにか読めだなんて、いつ読みゃいいんだ?」
四年生は、今学年にやらなければならない宿題の量が、明らかに増えていることに気づいた。マクゴナガル先生の授業で、先生が出した変身術の宿題の量に、ひときわ大きい呻き声があがったとき、先生は、なぜそうなのか説明した。
「皆さんはいま、魔法教育の中で最も大切な段階の一つに来ています!」
先生の目が、四角いメガネの奥でキラリと危険な輝きを放った。
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