見出し画像

第9章 恐怖の敗北 7

フィールドの反対側から、カナリア・イエローのユニフォームを着たハッフルパフの選手が入場した。
キャプテン同士が歩み寄って握手した。ディゴリーは微笑んだが、ウッドは口が開かなくなったかのように頷いただけだった。
ハリーの目には、フーチ先生の口の形が、「箒に乗って」と言っているように見えた。ハリーは右足を泥の中からズボッと抜き、ニンバス2000にまたがった。
フーチ先生がホイッスルを唇に当て、吹いた。
鋭い音が遠くの方に聞こえた__試合開始だ。

ハリーは急上昇したが、ニンバスが風にあおられてやや流れた。できるだけまっすぐ箒を握り締め、目を細め、雨をかして方向を見定めながらハリーは飛んだ。

五分もすると、ハリーは芯までびしょ濡れになり、凍えていた。
ほかのチーム・メイトはほとんど見えず、ましてや小さなスニッチなど見えるわけがなかった。
グラウンドの上空をあっちへ飛び、こっちへ飛び、輪郭のぼやけた紅色くれないいろやら黄色やらの物体の間を抜けながら飛んだ。
いったい試合がどうなっているのかもわからない。解説者の声は風で聞こえはしなかった。
観衆はマントや破れ傘に隠れて見えはしない。ブラッジャーが二度、ハリーを箒から叩き落しそうになった。メガネが雨で曇り、ブラッジャーの襲撃が見えなかったのだ。

時間の感覚がなくなった。箒をまっすぐ持っているのがだんだん難しくなった。まるで夜が足を速めてやってきたかのように、空はますます暗くなっていった。
二度、ハリーはほかの選手にぶつかりそうになった。敵か味方かもわからなかった。なにしろみんなぐしょ濡れだし、雨はどしゃ降りだし、ハリーには選手の見分けがつかなかった。

最初の稲妻が光ったとき、フーチ先生のホイッスルが鳴り響いた。
どしゃ降りの雨のむこう側に、かろうじてウッドのおぼろげな輪郭が見えた。ハリーにグラウンドに下りてこいと合図している。
チーム全員が泥の中にバシャッと着地した。

「タイム・アウトを要求した!」ウッドがえるように言った。「集まれ。この下に__」
グラウンドの片隅の大きな傘の下で、選手がスクラムを組んだ。ハリーはメガネをはずしてユニフォームで手早くぬぐった。
「スコアはどうなっているの?」
「我々が五十点リードだ。だが、早くスニッチを取らないと夜にもつれ込むぞ」とウッドが言った。
「こいつをかけてたら、僕、全然だめだよ」
メガネをブラブラさせながら、ハリーが腹立たしげに言った。

ちょうどそのとき、ハーマイオニーがハリーのすぐ後ろに現れた。マントを頭からすっぽりかぶって、なんだかニッコリしている。
「ハリー、いい考えがあるの。メガネをよこして。早く!」
ハリーはメガネを渡した。チーム全員がなんだろうと見守る中で、ハーマイオニーはメガネを杖でコツコツ叩き、呪文を唱えた。
インパービアス、防水せよ!
「はい!」ハーマイオニーはメガネをハリーに返しながら言った。「これで水をはじくわ!」
ウッドはハーマイオニーにキスしかねない顔をした。
「よくやった!」
ハーマイオニーがまた観衆の中に戻っていく後ろ姿に向かって、ウッドがガラガラ声で叫んだ。
「オーケー。さあみんな、しまっていこう!」

ハーマイオニーの呪文は抜群に効いた。ハリーは相変わらず寒さでかじかんでいたし、こんなに濡れたことはないというほどびしょ濡れだったが、とにかく目は見えた。
気持を引き締め、ハリーは乱気流の中で箒に活を入れた。スニッチを探して四方八方に目を凝らし、ブラッジャーを避け、反対側からシューッと飛んできたディゴリーの下をかいくぐり…。

また雷がバリバリッと鳴り、樹木のように枝分かれした稲妻が走った。
ますます危険になってきた。早くスニッチを捕まえなければ…。

フィールドの中心に戻ろうとして、ハリーは向きを変えた。
そのとたんピカッと稲妻がスタンドを照らし、ハリーの目に何かが飛び込んできた__巨大な毛むくじゃらの黒い犬が、空をバックに、くっきりと影絵のように浮かび上がったのだ。
一番上の誰もいない席に、じっとしている。
ハリーは完全に集中力を失った。

かじかんだ指が箒の柄を滑り落ち、ニンバスはズンと一メートルも落下した。頭を振って目にかかったぐしょ濡れの前髪を払い、ハリーはもう一度スタンドの方をじっと見た。
犬の姿は消えていた。

「ハリー!」グリフィンドールのゴールから、ウッドの振り絞るような叫びが聞こえた。
「ハリー、後ろだ!」
慌てて見回すと、セドリック・ディゴリーが上空を猛スピードで飛んでいる。
ハリーとセドリックの間の空間はびっしりと雨で埋まり、その中にキラッキラッと小さな点のような金色の光…。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?