見出し画像

第20章 吸魂鬼のキス 2

雲が切れた。
突然校庭にぼんやりとした影が落ちた。
一行は月明かりを浴びていた。

スネイプが、ふいに立ち止まったルーピン、ペティグリュー、ロンの一団にぶつかった。
シリウスが立ちすくんだ。シリウスは片手をサッと上げてハリーとハーマイオニーを制止した。

ハリーはルーピンの黒い影のような姿を見た。その姿は硬直していた。そして、手足が震え出した。

「どうしましょう__あの薬を今夜飲んでないわ!危険よ!」ハーマイオニーが絶句した。
「逃げろ」シリウスが低い声で言った。
「逃げろ!早く!」
しかし、ハリーは逃げなかった。
ロンがペティグリューとルーピンに繋がれたままだ。ハリーは前に飛び出した。が、シリウスが両腕をハリーの胸に回してグイと引き戻した。
「わたしに任せて__逃げるんだ!

恐ろしい唸り声がした。
ルーピンの頭が長く伸びた。体も伸びた。背中が盛り上がった。顔といわず手といわず、見る見る毛が生え出した。手は丸まって鉤爪が生えた。
クルックシャンクスの毛が再び逆立ち、タジタジとあとずさりしていた__。

狼人間が後ろ足で立ち上がり、バキバキと牙を打ち鳴らしたとき、シリウスの姿もハリーのそばから消えていた。
変身したのだ。巨大な、熊のような犬が躍り出た。
狼人間が自分を縛っていた手錠をねじ切ったとき、犬が狼人間の首に食らいついて後ろに引き戻し、ロンやペティグリューから遠ざけた。
二匹は、牙と牙とががっちりと噛み合い、鉤爪が互いを引き裂き合っていた__。

ハリーはこの光景に立ちすくみ、その戦いに心を奪われるあまり、他のことには何も気づかなかった。
ハーマイオニーの悲鳴で、ハリーはハッと我にかえった__。

ペティグリューがルーピンの落とした杖に飛びついていた。
包帯をした脚で不安定だったロンが転倒した。
バンという音と、炸裂する光__そして、ロンは倒れたまま動かなくなった。またバンという音__クルックシャンクスが宙を飛び、地面に落ちてクシャッとなった。

エクスペリアームス、武器よ去れ!
ペティグリューに杖を向け、ハリーが叫んだ。ルーピンの杖が空中に高々と舞い上がり、見えなくなった。
「動くな!」
ハリーは前方に向かって走りながら叫んだ。

遅かった。ペティグリューはもう変身していた。
だらりと伸びたロンの腕にかかっている手錠を、ペティグリューの禿げた尻尾がシュッとかいくぐるのを、ハリーは目撃した。草むらを慌てて走り去る音が聞こえた。

一声高く吼える声と低く唸る声とが聞こえた。ハリーが振り返ると、狼人間が逃げ出すところだった。森に向かって疾駆しっくしていく。
「シリウス、あいつが逃げた。ペティグリューが変身した!」
ハリーが大声をあげた。

シリウスは血を流していた。鼻づらと背に深手を負っていた。しかし、ハリーの言葉に、素早く立ち上がり、足音を響かせて校庭を走り去った。
その足音もたちまち夜のしじまに消えていった。

ハリーとハーマイオニーはロンに駆け寄った。
「ペティグリューはいったいロンに何をしたのかしら?」
ハーマイオニーが囁くように言った。
ロンは目を半眼はんめに見開き、口はダラリと開いていた。
生きているのは確かだ。息をしているのが聞こえる。しかし、ロンは二人の顔がわからないようだった。
「さあ、わからない」
ハリーはすがる思いで周りを見回した。ブラックもルーピンも行ってしまった……そばにいるのは、宙吊りになって、気を失っているスネイプだけだ。

「二人を城まで連れていって、誰かに話をしないと」
ハリーは目にかかった髪をかき上げ、筋道立てて考えようとした。
「行こう__」

しかし、そのとき、暗闇の中から、キャンキャンと苦痛を訴えるような犬の鳴き声が聞こえてきた。
「シリウス」
ハリーは闇を見つめて呟いた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?